研究に影響を与えた3人の師

入山:内田先生ご自身のことを、もう少し教えてもらってもよいですか。内田先生は慶應義塾大学の商学部を卒業されて、一橋大学大学院へ進まれたんですね。慶應では三橋平先生(三橋氏は現在、早稲田大学教授)のゼミに入られていたと伺い、驚いたのですが。

 三橋先生が慶應で教鞭をとられるようになったのは、2008年ですよね。

内田:そうですね。私がちょうど学部3年になる年で、ゼミの1期生だったんです。

入山:三橋先生はAcademy of Management Journalをはじめ、トップ学術誌に論文が掲載されるなど、日本でも指折りの経営学者ですよね。

 当時の慶應商学部で、三橋ゼミは相当アカデミックですよね。かなり尖っていたのではないですか。なぜ三橋ゼミを選ばれたんですか。

内田:仲が良かった友人が入ると言っていて、彼に誘われてという感じです(笑)

入山:私は個人的に三橋先生のことは大変好きですし尊敬していますけど、想像するに、おそらくゼミはハードコア過ぎて、人気はなさそうですよね(笑)

内田:ご想像通りだと思います。私はその友人がいなければ、おそらく入っていないですね(笑)

入山:けれども、それが結果的によかったですよね、人生の大きな転換点ですね。三橋先生の研究手法は、驚きも多かったのではないですか。

内田:そうですね。ゼミに入る前までは、経営学は事例ベースの研究で、1つの企業に注目して知見が積み重なっていくものだと思っていたんです。実際に、当時の日本ではそうした研究が多かったですし。それに対して、三橋先生は定量研究を中心に行っていて、複数の企業の大規模データを用いて企業行動を分析されていました。そのようなアプローチで、企業行動を分析できることに驚いたと同時に、非常に面白いなと思ったんです。

 私の研究領域はガバナンスなので、実は三橋先生と研究領域や関心は大きく異なります。分野は違いますが、経営学に興味を持つようになったのは、そうした研究アプローチを学部時代に知ることができたということにつきますね。

入山:なるほど。けれども、大学院は慶應ではなく、一橋に移られたんですね。

内田:そうなんです。三橋先生にそれを勧められたので。その当時は、大学院で2年間勉強して、就職をしようと思っていて。他の大学に行って違う空気を吸ってみようという程度に考えていたというのが、正直なところですね。

入山:一橋での指導教官はどなたですか。

内田:軽部大先生ですね。

入山:軽部先生もとても素晴らしいトップ研究者ですが、彼は定量研究を専門とされているわけではないですし、内田先生と研究アプローチが異なりますよね。

内田:そうですね。軽部先生は定量研究もやられますが、当時は定性研究をメインにされていたので、研究のアプローチは違いました。

 ただ、それがまた人生わからないもので。私が入学したタイミングで、クリスティーナ・アメージャン先生がたまたま、RA(リサーチアシスタント)をする大学院生を探していたんです。それでアメージャン先生のRAをやることになったのですが、その時に三橋先生の下で習った、定量研究のスキルが求められたんですよね。なので、アメージャン先生のRAをやりながら、「大規模データを使って研究するってこんな感じか」というのは、じかに学びましたね。

入山:それは奇跡的ですね!おそらく、当時マクロ組織論で、定量研究を行って、論文にし、トップ学術誌に載せられる研究者は、日本にほとんどいなかった。それこそ、三橋先生とアメージャン先生くらいだと思いますよ。その2人と関わるなんて、奇跡ですね。

 そうなると、軽部先生と一緒に何かするというよりは、アメージャン先生の研究に関わるほうが多かったんですか。

内田:そういうわけではないんですよね。そこは結構面白くて。問題の立て方や研究の進め方みたいなところは、軽部先生と密にやり取りしていましたね。

 研究のテーマを考える時に、軽部先生から「このテーマがいい」とか「これをやって」といったことは言われないんです。そうなると自分で考えることになるのですが、定量研究ではデータの制約があったりするので、どうしてもちまちましたテーマになったりするんです。そういった時に相談に行くと、「何の問題の一部か」を考えるように促されるんです。視座を高くして考えろと。そのやり取りを通じて、だいぶ鍛えられたように思います。

入山:三橋先生、アメージャン先生、軽部先生という、師匠ルートですね。面白いですね。最高の師匠に恵まれましたね。