投資家目線の経営の実態

入山 章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院 経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journalなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)などがある。

入山:ガバナンスの研究者として、面白いと思っている企業事例はありますか。

内田:少し前の話になりますが、ソニーでしょうか。ソニーは事業を多角化しているので、それぞれの事業を単体で行う企業と比較すると、市場からの評価が低くなり、株価が下落するコングロマリットディスカウントが生じていました。2019年頃です。けれども、その後に株価が上昇して2021年にはディスカウントから急にプレミアムになりましたよね。

 ディスカウントの状態の時には、いろいろと文句を言っていた人たちも、株価が上がればみんなハッピーになっていく。その間の経営は、それほど大きく変わっていないんですが、外部の評価が大きく変わった。

入山:本当にそうですよね。

内田:本質的な経営方針を変えろと本当は言っていたはずなのに、それを変えなくても株価が上がれば、投資家はそれでいいんですよね。投資家目線の経営を考える時に、結局その程度かというのを感じましたね。

入山:とても面白いテーマですよね。アクティビストファンドのサード・ポイントがソニーに投資をしていて、「ソニーはコングロマリットディスカウントではないのか」と指摘していたんですよね。早い話、サード・ポイントから「金融事業を分社化して上場させろ」といったことを言われていた。ソニー側は株価が上がれば大丈夫だと踏んで、分社化の話は進めなかった。ファンドは2年ぐらいで撤退することが多く、サード・ポイントも撤退しました。

 その後何が起きたかというと、ソニーは2020年9月にソニーフィナンシャルホールディングスを完全子会社化した後、2023年にソニーフィナンシャルグループを分離させる方針を発表しています。

 私の予想なので本当のところはわからないのですが、ファンドに言われている時はファンドの言う通りにやらないことも多い。けれども、ファンドとの対話の中で、「彼らの言っていることも一理あるな」となって、株主のためにプラスのはずだと考えた可能性があると思うのです。結果的に、アクティビストファンドが抜けた後で、そのアドバイスにしたがうような方針を取っている、と。

 アクティビストとの対話のようなテーマは面白いですね。アクティビストがいろいろと意見しますが、株価が上がってしまえば、アクティビスト側は自分たちの言う通りにならなくても、いつの間にか納得している。そのような状況を、とらえ直すことも面白そうですね。

内田:そうですね。アクティビストが経営に積極的に関与するようになったと言われますが、その期間は2~3年程度のことが多いです。彼らの行動原理みたいなもの、どの程度の期間、どのような意図で影響力を行使しようとしているのか、その真意を理解しておかないと、いざアクティビストが来た時に、適切な対応はできないように思います。

入山:たまたまアクティビストの話になりましたが、いま内田先生が興味を持たれているテーマは何でしょうか。

内田:日本企業における一連の取締役会の改革には興味がありますね。日本では2002年に社外取締役の制度ができました。いまは多くの企業で取締役会の3分の1が社外取締役ですが、今後、過半数にまで増えそうです。おそらく、ここまで日本で社外取締役が選任されるようになるとは20年前にはほとんどの人が想像していなかったように思います。

 他にも、女性取締役の選任も、2014年以降、急激に増えています。これも10年前には予想されていなかったように思います。また、取締役会に期待される役割も大きく変わってきました。こうした変化が、どのような原因で生じ、何をもたらしたのかを検証していくことは必要だと思っています。

入山:内田先生は今後も、日本の現象を中心に研究を進めていかれるのでしょうか。

 経営学の中でも、とりわけマクロ組織論が専門の方は、日本のコンテクストをどの程度使うか、そのポジショニングも難しいですよね。日本のコンテクストを入れれば入れるほど、説明がしやすく、課題設定の良さは伝わりやすいです。その半面、海外の学術誌に投稿すると、「一般性が低い」とか「日本だけの話でしょ」となってしまう。

内田:米国のデータを使えば、コンテクストはそのまま現象になります。けれども、日本のデータだと、現象とコンテクストはきれいに分けないと、議論がうまく成立しないと思っています。

 たとえば、社外取締役の選任について、米国を事例にすれば、それがそのまま当たり前の現象として受け入れられます。けれども、日本を事例にすると、その背後のコンテクストを説明しないと、現象が受け入れられないんですよね。切り分けて、議論しないといけないのかなと感じています。

入山:よくわかります。僕は戦略論が専門だからだと思うんですけど。あまりコンテクストを説明しないんですよ。説明しないで済むことも多くて……。だから、内田先生の研究分野のほうが、この点は大変ですよね。

内田:おっしゃる通り、ガバナンスは国によって制度が大きく異なるので、その点はなかなか難しいですね。日本のデータだと海外の学術誌への掲載のハードルが高くなるので、グローバルにデータを集めて、そうした問題に悩まされないようにする研究者もいますよね。

入山:研究者のスタイルにもよるかもしれませんね。

内田:そうですね。私は自分が生活している日本の現象を見て、それに興味を持つことが多いです。日本というコンテクストを使えることは、1つの強みであるし、強みにしたいとも考えています。米国の現象を私が追ったところで、たかが知れていると思うので。私は比較的馴染みがある現象をベースに、研究はしたいなとは思っています。

入山:いいですね。そういう意味では、日本の現象にこだわっているんですね。

内田:そうですね。自分で始める時には、そこからでなければ始められないですね。