なぜランダムな意思決定が最も賢明な戦略なのか
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サマリー:遊牧民ナスカピ族は、占いを使いランダムに狩り場を探すことによって、危険な土地で何百年も生き延びてきた。これは現代のビジネスの世界にも応用できる方法だ。本稿では、現在、ビジネス上の意思決定にどのようにラ... もっと見るンダム性が活用されているかを見ながら、企業も戦略的な意思決定にランダム性を取り入れることで繁栄できることを示す。そして、企業が意思決定プロセスにランダム性を導入するためのヒントを紹介する。 閉じる

遊牧民に学ぶランダムな意思決定のメリット

 カナダのケベック州とラブラドール地方に住む遊牧民ナスカピ族は、食料のほとんどを狩猟によって得ていた。どこで狩りをするかという重要な決断を下すために、彼らは抜かりない分析をし、戦略を立てていたと思うだろう。乱獲しないように、補殺したムースやカリブーの数を記録したり、新たな群れを見つけるために、計画的かつ定期的に新しい場所を探索したり、谷や丘、川沿いなど地形によって異なる群れの存在を予測しようとしたのではないか、と。

 しかし、ナスカピ族が頼っていたのは、他の多くの古代人と同様、占いだった。ナスカピ族の場合、死んだ動物の肩甲骨をヒビが入るまで熱し、そのヒビが指す方向から狩りを始めたという。

 これは、ほとんどの人から見れば、根拠のない迷信的な儀式であり、無作為に戦略的な意思決定を行っているのと同じだろう。しかし、それこそが重要なのだ。ランダムであるがために、ナスカピ族は狩りの場所を素早く、偏りなく、獲物に勘づかれることなく選択するという複雑な問題に対処できた。その結果、理想的な狩り場を探す時間と労力をかけずに、亜寒帯の厳しい危険な土地で何百年も生き延びたのである。

 ナスカピ族の占術と、過酷な環境下で繁栄する能力との、一見理解しがたいこの関係は、ビジネスの世界にも当てはまる。本稿では、現在、ビジネス上の意思決定にどのようにランダム性が活用されているかを見ながら、企業も戦略的な意思決定にこのアプローチを取り入れることによって、ナスカピ族と同じように繁栄できることを示したい。最後に、企業が戦略的意思決定プロセスにランダム性を導入するためのヒントを紹介する。

現代におけるランダム性の活用

 現代においても、ランダム化された意思決定は、特にオペレーションマネジメントにおいて奏功している。第2次世界大戦中のことである。連合国は、広大な外洋のどこに敵の潜水艦がいるのかを、最後に目撃された位置から割り出さなければならないという難問に直面していた。これは、敵の潜水艦が通る可能性のある経路がいくつもあることと、敵の潜水艦に再び襲われる前に組織的かつ徹底的に捜索を行えるほど、自国の艦隊に艦船や航空機がなかったことから、大きな問題であった。このような状況では、無作為に素早く数カ所を選んで捜索し、無作為に方向を変えながら半径を広げていくほうが、すべての段階を事前に計画してシステマチックに捜索よりも優れていることが研究で示された。

 同じ頃、原爆の開発・製造計画を行っていたマンハッタン計画の研究者たちは、モンテカルロ・シミュレーションを発明した。これは、環境条件自体にランダム性が見られる複雑なシステムやプロセスの結果を推定するために、ランダム・サンプリング(無作為抽出)を利用する手法である。科学者たちはこれを用いて、さまざまな爆弾の設計や遮蔽材料の性能を予測した。モンテカルロ・シミュレーションは、特に金融やロジスティックスの分野で、不確実な条件下での意思決定に広く活用され続けている。

 今日、ランダム化は、機械学習技術の効率と精度を高めるためによく採用されている。たとえば、ニューラルネットワークの構成が偏らないように、初期のパラメーターをランダムに選ぶことが多い。探索空間が大きいほど、優れた構成を見つける可能性が高まる。

 もう少し単純な例を挙げると、配送会社は、すでに確率的最適化の技術を用いて、シナリオごとに(出荷量、時間帯、車両の稼働率、道路閉鎖などのファクターが日によって異なる)、外部環境の影響を受けにくいルートを特定している。また、大規模製品や社会システムの設計者は、問題の複雑性の推定に基づいて、いつランダムに選択し、いつ最適化するかを直感的に判断する能力が発達していることを示す証拠もある。

現代における戦略策定の実態

 オペレーションマネジメントと対照的に、戦略の策定は、依然として決定論に基づいて行われてきた。一般的には、まず問題を完全に理解してから分析を行い、対策を練る、というアプローチである。ビッグデータ革命はこれに拍車をかけ、何でも把握し分析すれば、信頼性の高い戦略が立てられると人々に信じ込ませた。

 しかしこの考えは、まったく同じデータが、別の行動を、場合によっては正反対の行動を取る根拠にもなるという事実を無視している。たとえばコダックは、デジタル写真の需要の高まりを知って、従来のフィルム事業を強化し、同事業の売上げの減少を抑えようとした。一方、ライバルのソニー(現ソニーグループ)やキヤノンが取った対策は、デジタルカメラ技術への多額のR&D投資だった。

 ビッグデータによるソリューションへの信頼はまた、計算上の問題に対する人々の目を曇らせる。組織の活動は密接に結びついており、相互に、また企業の枠を超えて働く力とも、密に影響し合っている。そのため、どのような結果も、非常に多くの因果関係、要素、ネットワークの集合によって決定されている。

 戦略を実現する基盤となる、たとえば誰に問題解決プロセスを指導させるかといった、一見「単純」そうな問題でさえ、実際には複雑である。それは一つには、意思決定の発議・提案、報酬の授与、情報の共有など、さまざまな種類の権限とさまざまな人々が存在し、それに応じて、権限のレベル分けの方法もさまざまだからだ。

 最後に、現代世界の変化のスピードと激しさを考えると、決定論的な問題解決アプローチに必要なすべての情報を、リアルタイムで収集・分析することは不可能になりつつある。どのような動きを取っても、それに対する消費者や競争相手の行動パターンも変化し続けるため、二重に困難である。現実のビジネスや政治の複雑な世界で、戦略的意思決定の結果を確実に予測できるアルゴリズムを常に見つけられるという考えは、当面SFの世界の話だろう。

 こうした状況では、戦略はもはや唯一最良の行動を選ぶことではありえない。むしろ戦略の目的を、「計画を立てること」から「それぞれが将来の成功の基盤となりうる選択肢のポートフォリオを構築すること」へとシフトする必要がある。しかし、この選択肢の構築を従来の戦略立案アプローチで行っていては非効率である。可能性のある複数のソリューションを模索することは、法外なコストと時間を要するからだ。

 このような要素を踏まえれば、戦略策定者は、いまこそ変化し続ける未知の大きな世界で、複雑な問題に直面した時、ナスカピ族のプレーブックを見習い、彼らの賢明なランダム化を取り入れるべきなのではないか。その結果、どのようなメリットが得られるのか見てみよう。