バイアスの抑制
経営者は、過去に成功したアプローチを繰り返し、新しいアイデアや外部からのシグナルをあまり受け入れない傾向がある。企業を取り巻く環境は変化するため、これは企業の衰退につながる。有名な例がある。ブロックバスターやノキアは、「実証済みで確実」なアプローチに頼ったために、需要や競争条件が激変した時に悲惨な結果を招いた。
この問題は、ランダム性の導入で解決できる。自然界では、種は進化(自然淘汰圧とランダムな突然変異)によって、変化する環境に持続的に適応している。進化的アルゴリズムの設計者は、生物学的現象から学び、大きな問題に対する解の断片をランダムに素早く生成し、試行解を組み立て、目的関数や適合度関数に照らして評価している。
政治の世界では、人類は何千年もの間、ランダム化を活用してきた。たとえば、古代アテネでは、金持ちや権力者がお金で政治権力を手に入れられないようにするため、執政官を抽選で選出していた。ビジネスの文脈においては、予算割り当てをめぐる競合チームとの駆け引きや交渉複雑な問題を、ランダム化の導入によって簡単に解消できる。ランダム性が持つ公平性によって、不当に排除されたと感じる人をなくすことができるのだ。
変化に対するバイアスの中には、それまでの成功の産物ではないものもある。非常にネガティブな状況に置かれた人間は、学習性無力感の餌食になる。学習性無力感とは、繰り返される経験によって、自分には状況を変える力がないと考えるようになり、そのため意思決定を行おうとすらしなくなることである。このような状況での意思決定にランダム化プロセスを採用することで、この不作為バイアスに対抗できる可能性がある。
戦略決定にランダム性を導入する方法
ランダム性というと、一般的にコイントスやサイコロの目をイメージするだろう。だが、こうした手法を現実の問題で使うには、まずすべての選択肢を知り、列挙し、評価する必要があるが、それは最適戦略を取った場合の分析とほとんど変わらない。それでも、戦略策定者がランダム性をツールとして取り込み、十分によいと思われる解決策を、その効果があるうちに特定するために利用できる方法はいろいろある。
出発点を変える
機械学習アルゴリズムのように、ランダムなプロンプトを使って、探索の出発点を変える。たとえば、音楽家のブライアン・イーノとアーティストのピーター・シュミットは、ミュージシャンの創造性を引き出すツールとして、「楽器の役割を変える」「欠点を強調する」「耳栓をする」といった、物事を多角的に考察する水平思考を促す言葉が書かれたカードデッキを開発した。創造的なプロセスに偶然の要素を取り入れることは、アーティストがスランプを乗り越え、慣れ親しんだ習慣やパターンへの逆戻りを防ぐ効果がある。
ペースを変える
探索のテンポやリズム(フィードバックループの長さ)を変えてみる。四半期ごとの報告書、毎月のレビュー、毎週のミーティングといった「メトロノーム」に囚われているチームやグループがあまりに多い。賢明なランダム化を行うには、数日、あるいは数時間という時間軸で活動する必要があるかもしれない。
場所を変える
いまいる場所の近くで解決策を探すのか、それとも遠くで探すのか。以前は考えもしなかった探索空間に飛び込むことによって、硬直した戦略的意思決定を解きほぐすのが、ランダムジャンプである。たとえば、獲物が少ない外洋では、魚は時折、レヴィ・フライトと呼ばれる数学的パターンに従って、探索エリア間で一つのステップを非常に長くする探索パターンを取り入れるという研究結果がある。
答えを見つけるための方法を変える
探索は、トップダウン、ボトムアップのどちらで行っているだろうか。深さ優先か、広さ優先か。大きな問題がすべて同じ探索戦略で解決するわけではない。探索戦略の効果には差があり、また、どのような問題を解くにも、「唯一最良の方法」は存在しない。
探索者を変える
探索を担当する人、あるいは探索の側面によって担当者を変える。人によって持っているバイアス、偏見、常套手段が異なるため、問題の解決者をランダム化することは、可能性のある解決策をランダム化することにもつながる。
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かつて企業は、事業環境を理解し、コントロールし、その中で最適な道筋を明確に描ける、「何でも知っている」組織を目指していた。もはやすべてを知ることは不可能だと気づいた企業は、「何でも学ぶ」という考え方にシフトし、新しい情報が出てくるたびにアプローチを微調整している。
その考え方はいまなお強力であるが、筆者らは、これをさらに発展させ、「何でも探索する」アプローチが可能だと考えている。このアプローチでは、積極的に環境を探り、迅速かつ効率的に選択肢をつくるための貴重な情報を生み出すことに重点を置く。素早いランダムな選択は、まさにこれを実現するものである。ナスカピ族の迷信的な儀式にあらためて目を向けると、複雑で曖昧な課題に直面した時の意思決定手段として、ますます賢明なものに見えてこないだろうか。
"The Strategic Benefits of Randomized Decision-Making," HBR.org, September 26, 2023.