早く決断することのメリット

 オンライン・ポッドキャスティング・プラットフォームを構築していたオデオは、2005年、アップルが自社の競合プラットフォームをiTunesの一部としてiPodに同梱すると発表した際、存続の危機に直面した。オデオの首脳陣は、抜本的な戦略転換の必要性を認め、そこから一日中「ブレインストーミング」を行う日々が始まった。新たな方向性を検討するための集合的ランダムサーチである。

 このセッションで生まれたアイデアが、友人やフォロワーと近況を共有するためのオンラインプラットフォームであり、最近改名されるまでは、ツイッターとして知られていたものである。

 オデオが置かれた状況では、戦略的ロードマップを策定する時間は限られており、当時すでにフェイスブックとマイスペースがそれぞれ月間アクティブユーザー数を数千万人も獲得している過密市場の中で、効果的な市場調査や競合分析を行う時間もなかった。その代わりに同社は、ツイッターをミニマム・バイアブル・プロダクト(MVP:実用最小限の製品)として立ち上げるという選択によって、会社を存続させることができ、プラットフォームを改善し続けることによって繁栄できた。皮肉にも、オデオの投資家たちはツイッターのポテンシャルに気づかず、経営陣に約500万ドルでの自社株買いを許した。これは、イーロン・マスクが2022年に支払った金額の0.01%ほどである。

 ツイッターの例から得られる重要な教訓は、多くの問題において、解決策はその効果があるうちに、素早く実行しなければ意味がない、ということである。ナスカピ族の慣習が奏功したのと同じ原理である。入念に対策を練っていたとしたら、目的の群れは、おそらくその間に移動してしまっただろう。

 ツイッターのように、名の知れたベンチャーの多くは、ランダムな意思決定と迅速な行動がもたらす先行者利益を得ている。ゴープロの最初のプロトタイプは、リストバンドとプラスチックの筐体に市販の安価なデジタルカメラを収めただけのものだった。同社は、顧客との関係を築き、製品の改良を重ねることで、のちにソニー、ニコン、ガーミンなどの大手がアクションカメラ市場に参入した際にも優位に立つことができた。

 ランダム化は、既存企業にも同様の効果がある。むしろ、既存企業のほうが活用できるリソースが多い分、効果が出やすい。オンラインショッピング各社が同時に異なる路線(グーグルショッピングなどの検索型モデル、天猫<Tモール>などの多店舗型モデル、アマゾン・ドットコムなどの総合店舗型モデル)を進み始めた時、アリババは、悠長に確実に勝てるモデルを予測しようとはしなかった。その代わりに事業を分割し、3つの将来シナリオそれぞれに対応するソリューションを展開した。そうして築いた市場セグメントはどれも定着したため、同社はかつてないほど力を増している。

学習の早さ

 人より早く始めるということは、人より早く学べるということでもある。たとえば、早期にMVPを市場投入すれば、競合他社や顧客が反応し、情報が生み出され、次の行動につながる。ナスカピ族は、占いが示す方向で狩りを行うと、偶然とはいえ、定期的に水源や一時的な居住地、狩り場などの新たな発見に恵まれた。

 より現代的な例として、チャットGPTのような、前のワードから次のワードを予測する大規模言語モデル(LLM)を考えてみよう。プログラマーは、「temperature」(温度)と呼ばれる値の設定によって、このプロセスの精度をコントロールできる。温度が高いほど、前のワードに最も適合すると予測されるワードが選択される可能性が低くなる。温度を上げると精度は落ちるが、意外性や創造性が増すため、ユーザーにとって望ましい可能性があり、またアウトプットのバリエーション、ひいてはユーザーの反応のバリエーションが増すため、時間とともにモデルが向上するという利点もある。

 もちろん、企業は実験の価値を知っている。小売りの実店舗では、何十年も棚の配置を実験してきた。デジタルの世界では、A/Bテストを日常的に行い、ウェブサイトのデザインや商品のレコメンデーション、価格モデルなどを最適化している。

 しかし、テストや実験の規模、スピードは、一般的に重要視されていない。その一つの理由は、特定の仮説を証明または反証するためにテストが行われるケースが多く、それ自体がほぼ安定した環境を前提としているからである。その結果、温度を上げて厳密さを抑えた多様なテストを頻繁に実施した場合に比べ、戦略策定者の学習量は少なくなっている。ソフトウェア開発では、仮説駆動型テストを補完する目的で、ランダムテストが使われている。

予測困難性

 じゃんけん(何回も繰り返す場合)において、ランダム戦略(利用可能なすべての手を同じ確率で選択する)は、唯一の最適戦略である。なぜなら、それが支配的な対抗戦略の出現を許さないただ一つの戦略だからだ。たとえば、さらに複雑なチェスでは、一見ランダムに見える(あるいは少なくとも直感に反する)手をプレーヤーが打ち、格上の対戦相手を惑わせ、苦しめた有名な例がいくつかある。

 この利点は、昔から一部の金融機関でも認識されており、取引戦略をわかりにくくするためにランダム性が導入されている。注文のタイミングや規模にランダムな遅延やばらつきをもたらす「無臭のアルゴリズム」を用いることで、みずからの意図を示すことを避け、他者が有能なトレーダーの分析を悪用して利益を上げることができないようにしている。さらに単純な例としては、「フェイク・ドア・テスト」がある。これは、オンライン上で架空の製品やプロモーションを表示し、競合他社にほとんど手掛かりを与えずに、消費者の反応を引き出し、情報を集める手法である。