仕事におけるニーズを認識する
筆者らが1500人以上のオフィス勤務者に対し、対面での勤務を望むのはどのような時かを尋ねたところ、オフィスで行うのが最も適しているタスクや活動のためならば出社したいと考えていることが判明した。たとえば、集団での交流や能力開発のために対面を望む傾向は、集中を要する仕事や事務作業をする場合に比べて8倍高かった。後者の作業はリモートワークのほうが、より効果的に遂行できる。
とはいえ、従業員が特定の仕事をどの場所で最も効果的に遂行できると感じるかは、問題の一面にすぎない。それらのタスクに彼らがどれほどの時間を費やしているかについても、筆者らは調査した。その結果、管理職ではない一般の従業員は、対面で行うのが最適であると彼らが考える仕事に勤務時間の37%を費やしていた。一方でマネジャーと幹部の場合、この割合は49%に跳ね上がる。
ただし、これは複数の組織の全体平均である。リーダーは自社全体の仕事と従業員の特性に基づいて、これらの優先傾向を調べるために時間を費やすべきだ。
生成AIの時代においては、どのタイプの仕事をどの環境で遂行するのが最適なのかを認識することがいっそう重要となる。筆者らの調査データでは、従業員の65%は集中して仕事をする時には、リモートを望むことが示されているが、これらの仕事の一部は生成AIの利用によって大幅に向上させることができる。
ボストン コンサルティング グループ(BCG)の筆者らの同僚は、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)、マサチューセッツ工科大学(MIT)、ペンシルバニア大学ウォートンスクール、ウォーリック大学の学者グループの協力を得てフィールド実験を実施した。その結果、創造的なアイデアの発案を伴うタスクでは、生成AIの出力結果は、人間が時間をかけて編集しなくてはならない第一案としてではなく、最終案と見なすべきであることが判明した(出力結果に人間が手を加えても、質は向上しなかった)。
これが意味するのは、一部の従業員がリモートでの遂行を望んでいた集中して行うべき仕事のいくつかを生成AIに譲り渡し、生成AIの能力ではまだ不可能なほかのタスクを選ぶようになることで、仕事の構成が変わり始めるという可能性だ。その新たなタスクの内容次第では、結果的に勤務モデルも変える必要があるかもしれない。
従業員のニーズを認識する
筆者らの調査では、自分を女性、介護者、LGBTQ+、または障害があると自認する従業員のうち約90%は、仕事を続けるか辞めるかを決める際に、柔軟な働き方の選択肢の有無を重要な要素としている。この割合は、これらのカテゴリーに属さない従業員よりも30%高い。したがってリーダーは、ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンに配慮するのであれば、自社の勤務モデルを適切に設定する必要がある。
ジェンダーにおいては特に大きな差が見られた。女性の従業員は、柔軟性を優先する割合が男性の1.5倍だ。この現象は子育て中の女性従業員に限られない。何らかの介護を行っている女性とそうでない女性での差は、ごくわずか(3%)であった。
生物学的な認知の違いも、特定の仕事環境への優先傾向を指し示す。状況によっては、同じ仕事に就いている人々の集団は、似たような認知特性を持っているかもしれない。たとえばソフトウェアエンジニアのチームは、「分析的で現実的」な気質を持つ傾向が強いため、集中力の維持が可能な場合に最も能力を発揮し、日々の業務の進め方にルーチンがあることを好むかもしれない。
一方、認知的多様性が高いチームは、最適なパフォーマンスと幸福感を維持するためにはより多くの選択肢を必要とする。たとえば、筆者らの調査における外れ値として、インタラクティブな仕事をリモートで行うこと、および事務作業や集中すべき仕事を対面の場で行うことを好む人たちがいた。彼らの優先傾向は部分的に、内向性や外向性といった認知的特徴と関連している可能性が高い。
異なる認知特性を持つ従業員たちの能力を最大限に引き出す方法を考えあぐねているリーダーは、「従業員は顧客と同じように多様である」と肝に銘じておくとよい。成功している企業は、顧客とその意思決定に執着する。従業員に対しても同様に思い入れることは、顧客に対するそれ以上に重要かもしれない。そうすることでリーダーは、従業員のキャリアに関する意思決定を行う際、感情面および機能面のニーズの根本を明らかにして、それらのニーズに応える仕事環境を構築することができる。
仕事の達成方法について再考する
「場所」は、仕事を達成するツールの一つにすぎない。HBS教授のセダール・ニーリーは次のように述べている。「コミュニケーションと交流をするために使うさまざまなツールと同じように、オフィスもツールとして使うことを私は提唱します。オフィスをツールと見なせば、人々が物理的に一緒に居合わせることが必要な協働のために、どのような用途がオフィスにあるのかを判断できます」
とはいえ、筆者らの調査では回答者の62%が、勤務モデルの方針に対する発言権がないと答えた。方針は全社的なガイドラインか、またはマネジャーによって決定されている。全回答者のうち39%は、自分の働く場所は会社が決めると答えた。これらの企業では、従業員の24%は勤務場所の方針に不満を抱いている。この数字は、勤務場所をマネジャーが決める場合は14%、チームが決める場合は6%にまで下がる。仕事の実行者により近い部分で方針が決定されるほど、従業員の満足度は高い。
シスコシステムズやドロップボックスといった企業は、オフィスをより協働に適した空間にすべく再設計している。この動きはそれぞれの勤務モデルの方針にも一致しており、集中が必要な仕事についてはリモートワークを認め、全員参加型の会議など主要なイベントには出社して集まるよう奨励する。シスコシステムズCEOのチャック・ロビンスが述べるように、今日の世界で従業員にオフィスへの出社を受け入れてもらうには、説得力のある「通勤への見返り」を提供しなくてはならない。
勤務モデルの再設計においては、コミュニケーションの方法も考慮する必要がある。例として、筆者らは大手通信会社のベライゾンと協働して、会議の運営方法の改善に取り組んだ。たとえば、25分または50分の会議を設定し、参加者に少し考える余裕を与えるために5分か10分経ってから開始するなどだ。
また、非同期的な作業方法(メール、チャット、ドキュメントの共有、オフラインでの確認など)で会議を代替できることも発見し、「必須」と「任意」の意味を明確にした。この実験では、会議の全体的な有効性が向上したと答えた参加者は90%に上り、リアルタイムでの参加が必須ではない会議に出て無駄にする時間が減った、と感じる人は78%を占めた。
リーダーはさらに、導入する新しいテクノロジーの影響を測定する必要もある。前述した生成AIの実験では、生成AIへの過度の依存は、アイデアの集団的多様性の欠如につながりかねないことも判明した。リーダーは生成AIによる価値創出の機会を通じてメリットを得ようと模索する中で、従業員たちが最も効果的に協働できる場所と方法を検討し、彼らの創造性と革新性を維持することが求められる。