伝える情報が圧倒的な場合にも、このテクニックは効果的だ。『ワシントン・ポスト』のジャーナリスト、クリストファー・イングラムは暴風雨によってヒューストンの貯水池に流れ込んだ水量を読者に伝えるためにこのテクニックを使った。その水量を理解するのは困難なため、イングラムは標準的な体積の単位である1エーカーフィートの水と1人の人間という、関連付けやすい2つの比較から始め、徐々に比較対象を大きくしていった。

「かなりの量だろう」と、イングラムは最初の比較について述べる。しかし、これよりも圧倒される量になっていくことは明らかだ。

 2つ目の比較の後に「まだ正しい尺度ではない」と彼は続ける。比較が進むごとに読者のストレスが高まっていくが、ここで語られる水量の規模の大きさが徐々に理解されていく。こうした断続的なレファレンスポイントによって、読者は水量がどれほど「常軌を逸している」のかと考えさせられる。

「近づいてきた」と、3つ目の比較についてイングラムは書き、このあたりで我々は彼にじらされていると感じる。メロディーを終わらせたい。ヒューストンの貯水池にいったいどれだけの水が流れ込んだのか。

 ついにそれが明かされる。6400万人分の1年間の水の供給量に匹敵するとイングラムは説明する。ストーリー仕立てで説明したことで、災害の規模が理解しやすくなっている。

 ビフォー・アフターのチャートもストレスを生むテクニックが有効だ。住居をリフォームするテレビ番組でも、荒れ果てたバスルームが驚くほど魅力的に生まれ変わっていく様子に我々は見入ってしまう。

 科学者らが「ルアー法」と呼ぶ、おとりもこのテクニックに適している。

(5つ数えて間を置く)「ロボットが我々の仕事を奪いつつありますよね。自動化されたシステムが労働者を不要にします。そのトレンドを見るため、過去15年間の10カ国における製造業の雇用喪失とロボットの導入数を比較しました。どんなチャートになると思いますか。(間を置き、答えが帰ってくるのを待つ)そうですね。ロボットの導入が増えると雇用が減少します。このような感じでしょうか」 

(5つ数えて間を置き、同意を待ち、うなずく)「正しいように見えますね。さて、実際のデータをプロットすると、こうなりました」(3つ数えて間を置く)

「我々は間違っていました。相関関係はまったくありません。実際には、製造業の雇用が最も失われた4国のうち、英国とスウェーデンは他国に比べてロボットの導入が非常に遅れています」

 この3つのチャートでは、予測を示した中央のチャートが人々をアイデアに引き付けるおとりとなっている。実際の結果はまったく異なり、聴衆はどういうわけなのかと考えざるを得ない。「なぜ」予測と違うのか。この矛盾が、修正しなければならないという気持ちを生む。矛盾が大きいほど解消したくなる。このようなビジュアルの証拠に直面すると、思い込みや深い信念さえも固持するのが難しくなる。これは、説得力の強いプレゼンのテクニックだ。

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