雪だるま式に増加するリスクと拡大する規制制度

 AIがもたらすリスクが明らかになり、さらに拡大するにつれて、それを軽減するための要件やコストが急速に高まっているが、あなたの会社はそれに対応できるだろうか。

 ある従業員福利厚生会社の取締役会は、AIから生じる新たなリスクが少しずつ積み上がり、深刻なコストに発展していることに気がついた。そして、自分たちが得ている経済的利益は、リスク軽減のための新たな投資という形で、常に会社として何らかの相殺を迫られることを認識する必要があるのではないかと考えた。

 重なり合う組織、テクノロジー投資、ガイドラインの管理は、AIを業務に加えるのと同じくらい大きな変革だった。同社の成功には、新しいAIの能力とリスクマネジメントの両面が不可欠になる。しかし、当初は経営陣が新しいツールの利点にばかり目を向けていたため、取締役会は、次の5つの主要なリスクに対する相殺が計画されて予算化されていることを、確認するように忠告しなければならなかった。

・データのプライバシーとセキュリティについては、サイバー保護を強化し、データアクセスに関する新しいガイドラインを導入して(データアクセスの管理には業務と同時進行のコストがかかる)、データプライバシーの規制(GDPR、CCPAなど)への準拠をサポートするソフトウェアとデータベース管理に投資し、データの安全な保管と送信を保証する新しいプロセスを設定した。

・雇用、融資、規則の執行などの分野におけるバイアスと不公正のリスクについては、バイアスに関する定期的な監査、よりよいレプレゼンテーション(編注:社会を構成する人々の多様性をメディア表現などでも適切に表現することを目指す動き)を追加するための広範で統合的なデータソースへの投資、公平性を意識したアルゴリズムを使った新しいテストを設定した。

・透明性と説明可能性については、監査機能を備えたコストの高いモデルに投資し、モデルのアウトプットの評価は従業員に担当させて、AIを適用できる分野を限定した。

・規制遵守については、AIに注目してベンダーのツールの適切性を評価する法務・コンプライアンス担当者を新たに置いた。

・AIのサプライヤーや人材に依存するリスクの軽減については、主要な機能では少なくとも2つのベンダーとの関係を維持するようにした。さらにAIのトレーニングプログラムを立ち上げ、熟練した人材を招くために多くの費用を投じ、有力な研究機関との連携を始めた。

 ほとんどの取締役会は、業務に関する上記3つのシナリオを迅速に理解して採用している。ただし、ここで終わりではなく、競争の新しい方法を引き出す2つの戦略的なシナリオに挑戦しなければならない。

抜本的なコスト変革

 AIはビジネスモデルや価格設定の手法を圧迫するほど、コスト構造を大きく変えるだろうか。固定費が高くて変動費ははるかに少ないというソフトウェア経済に移行するのだろうか。

 弁護士、会計士、コンサルタント、広告代理店、コミュニケーション、パブリックアフェアーズ、ロビイングなど、プロフェッショナルサービスファームの取締役会は長い間、主に営業を担当する高給取りのリーダー(またはパートナー)を、実際に仕事をこなす若手の人材がサポートするピラミッド型に依存してきた。しかし、こうした仕事には多くの場合、広範な調査、分析、制作が含まれ、これらの領域は今後ますますAIにサポートされるようになる。同様のアウトプットを得るために必要な労働力は大幅に減るだろう。

 ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)とBCGによる最近の研究は、AIツールを使ってコンサルタントの生産性をテストした。その結果、「AIにアクセスできない労働者と比較して、GPT-4を使った労働者は、平均で12.2%多くのタスクを、25.1%早く完了した。さらに、後者のグループの40%が、より質の高い結果を出した」。同様に英国教育省のUnit for Future Skills(未来のスキルユニット)による分析では、経営コンサルティングは新しいAIアプリケーションの影響を最も受ける職業であることがわかった。

 これらの企業は、若いスタッフの仕事に対しクライアントに料金を請求することによって経済的に成り立っており、彼らは仕事をしながらノウハウを学ぶという見習いを通じて成長する。

 彼らが請け負っている仕事の一部は、クライアント自身がAIツールを使って社内で行うようになるかもしれない。経験豊富な上級職からのアドバイスの価値は残るだろうが、サービス企業はそのような人材をどう育てるか、仕事の価格をどのように設定するか、どのような仕事を提供するかといった課題に直面するだろう。

 多くのコンサルティング会社や代理店は、独自のAIツールの構築にしのぎを削り、クライアントとの仕事を通じて蓄積した独自の知識ベースを使ってAIツールに学習させ、制作業務よりも戦略やクエリ処理、解釈を軸とする新しい業務モデルを開発している。ただしそれも、サービスや人材管理の需要に破壊的な影響をもたらすであろう変化の初期段階にすぎない。