ルーティンをつくり直せ
ギルバートによると、この4社計8事業の中で唯一成功したパターンは、オンライン新聞事業を打ち立てた当初から、同事業を既存新聞事業とは完全に切り離した1ケースだけだった※12。この企業だけは、デジタル新聞部門を(紙媒体の)本社から切り離した独立組織にして、拠点も別地域に置いた。
何よりこの新聞社だけは、デジタル新聞事業のトップを新聞業界の出身者ではなく、シリコンバレーのIT企業の出身者に任せたのである。このようにして、このデジタル新聞事業部門だけは、紙媒体とはまったく異なるルーティンをゼロからつくり直したのだ。結果として、デジタル部門だけは、例えば記事コンテンツの50%を新聞社以外の第三者のソースから依拠するようになった。
このギルバートの研究結果は、今後デジタル革命など急速な外部変化の脅威に対応しなければならない既存の日本企業にも大いに示唆がある、と筆者は考える。ポイントは、デジタル化のような大きな事業環境の変化に対して、我々はどうしてもお金や人材といったリソースだけを、新分野に配分する傾向があることだ。一方で、変化を阻むのはリソースでなく、ルーティンなのである。
例えば、いま注目されているフィンテックだ。既存の金融機関には大きな脅威となりうるフィンテック事業は、いま日本ではマネーフォワードやメタップスなどのIT系スタートアップ企業が先行して取り組んでいる。一方で現在は、大手銀行や証券会社でもフィンテック事業に取り組むところが出てきている。既存の大企業は資金・人材も潤沢で、スタートアップ企業には不可能な規模のリソースを注ぎ込むことも可能だ。
しかし問題は、このような企業はリソースを柔軟に投入できても、ルーティンを変えるのが難しいことだ。結果、こうした従来の金融機関では、稟議書を回したりといった、従来の金融ビジネスのルーティンをそのまま移植する可能性がある。しかし、フィンテック事業の多くがITをベースに成り立つ以上、そのルーティンが金融業のそれと大きく異なっていると考えるべきだろう。
この事態に対応する一つの道は、既存の金融機関がフィンテック(IT)のルーティンに適応することだ。しかしルーティンは、経路依存性があるから簡単に変えられない。したがって、ギルバートの研究で唯一成功したデジタル新聞事業のように、ルーティンをゼロベースからつくり直す覚悟が、必要になるのだ。
進化する現場・組織をつくる上で、ルーティンは欠かせない。他方で大きな環境変化において、ルーティンは足かせともなる。ルーティンの理解は、変化・進化が求められるこれからの企業組織において、極めて欠かせないのである。
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認知心理学ベースの進化理論
リソース・ベースト・ビュー(RBV)
SCP対RBV、および競争の型
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※10 Gilbert,C. G.2005. “Unbundling the Structure of Inertia: Resource Versus Routine Rigidity,” Academy of Management Journal, Vol. 48, pp.741-763.
※11 この論文の内容については、井上達彦『ブラックスワンの経営学』(日経BP社、2014年)で詳しく紹介されている。
※12 この企業が、第13章で成功例として取り上げたUSA Todayかは、論文に記載されていない。