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歴史的ナラティブを通じて高付加価値を実現するには
第2回で見たように、従来の日本では製造業が中心的な役割を果たし、技術力の向上とコスト削減を軸に競争力を維持してきた。しかし今後は、単に優れた製品やサービスを生み出すだけでなく、それらの意味的な価値をいかに適切に伝えられるかが問われる時代である。製品そのものの機能や性能だけでは差別化が難しくなり、顧客は製品やサービスの「意味」に価値を見出す傾向を強めている。
そうした中で、高価格であっても顧客に選ばれるためにはどうすればよいか。企業は高付加価値化に関する責任を、製品開発の領域だけに背負わせるのではなく、コミュニケーションの領域でも担う必要があると、筆者は考える。
言うまでもなく、コスト管理は依然としてあらゆる企業にとって重要であり、技術力が競争優位の源泉であることも変わらない。しかし同時に、製造業のみならず、サービス業を含む幅広い企業において、「コミュニケーション」が重要な戦略フィールドであることも、また事実である。
本稿では、パナソニックやアディダス、モンサントといった、業種や本拠地が異なる企業の先行研究を取り上げながら、日本企業が歴史的ナラティブを通じて高付加価値化を実現するためのアプローチについて、より具体的に考察していく。あわせて、その際に留意すべき点についても検討を加える。
歴史的ナラティブを十分に活用できていない企業の共通点
歴史的ナラティブは、単なる過去の事実の蓄積ではない。それは、企業の独自性を強化し、顧客を魅了するための重要な経営資源である。その意味において、歴史的ナラティブの戦略的な活用は、経営戦略のルーツとも言える軍事戦略における、「情報戦」の役割と通じる側面がある。
たとえば、冷戦時代の日本のテレビでは、米国の娯楽番組(西部劇やホームコメディ)が多数放送されていた。これらの番組は、米国に関するポジティブなナラティブを繰り返し視聴者に伝えていた。典型的には、「米国人は開拓者魂に燃え、仲間と家族を大切にしてきた」「自由を愛し、正義感が強く、悪に勝利してきた」「現在は、先進的な技術に囲まれた、豊かで便利な生活を享受している」「今後も、米国は繁栄する」といったイメージである。こうしたナラティブは、日本人が米国に感情移入し、米国人の視点から世界の出来事を見ることを促したという点で、絶大な効果があったとされる※1。
このような「意味」をつくり出す戦略フィールドは、国際政治に限らず、経営においても存在する。それがコミュニケーションの領域である。企業がナラティブを経営資源として活用し、意味のある物語として自社の存在意義を伝えていくことは、価格競争に頼らない高付加価値化のカギを握っている。