VRIOフレームワークとは何か(2)──希少性に関する問い
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サマリー:企業が持つ経営資源やケイパビリティは、それぞれどれほど競争優位に結びつくのか。リソース・ベースト・ビューに基づき、企業内部の強み・弱みを分析するのがVRIOフレームワークだ。今回はVRIOフレームワークの中か... もっと見るら、希少性(R)を見極める視点について解説する。本稿は『[新版]企業戦略論【上】基本編』(ダイヤモンド社、2021年)の一部を抜粋したものを再編集し、掲載したものである。 閉じる

希少性(R)に関する問い

 ある企業の経営資源やケイパビリティの経済的価値(V)を把握することは、内部環境の強みや弱みを分析するうえで重要な第1ステップである。しかし、複数の競合が同じ経営資源やケイパビリティを持っていた場合、その経営資源が競争優位の源泉となる可能性は低い。したがって、価値はあるが広く普及している(よって希少性がない)経営資源やケイパビリティは、競争均衡しかもたらさない。

 経営資源が競争優位をもたらすのは、他の多くの企業が同じ経営資源を持たない場合である。このような着眼点から生まれるのが、希少性に関する問い(question of rarity):「その経済的価値を有する経営資源やケイパビリティは、どれほどの数の競合がすでに同じものを保有しているか?」である。

 例として、テレビのスポーツチャンネル間の競争を考えてみよう。すべての大手テレビ局や多くの地方局はスポーツ中継自体は行うが、それはあくまでクイズ番組、昼ドラ、ニュース番組、コメディドラマ、警察ドラマ、医療ドラマなど、多種多様な番組ラインナップの1つとして放送されるにすぎない。1998年まで、スポーツのみを放送するチャンネルは地上波、ケーブルテレビを問わず存在しなかった。

 そこに誕生したのが、エンターテインメントとスポーツの専門チャンネルESPNである。ESPNは、もともとコネチカット州内のスポーツ試合を中継するチャンネルとして構想された。しかしその後、中継するスポーツの幅は広がり、NFLの試合や大学アメフトのプレーオフなど、世界で注目度の高いスポーツイベントの数々を放映するようになった。1998年から2000年代後半にかけては、ESPN(ならびにその提携チャンネル)が完全にスポーツだけに特化した唯一のチャンネルだった。そのユニークな編成方針が功を奏し、ESPNは強力なブランドを築き上げ、非常に価値の高いテレビ局となった。

 そこで同社の買収に動いたのは、ABCも傘下に収めていたディズニーだった。その当時、ESPNのブランド力とスポーツに特化したユニークな編成方針には経済的価値(V)があり、希少(R)なものでもあったので、少なくとも一時的競争優位は実現できると考えられた(注1)

 しかし、状況は変わりつつある。第1に、ケーブルテレビや衛星放送では、1つのスポーツに特化した専門スポーツチャンネルがいくつも誕生している。MLBネットワーク(プロ野球)、NFLネットワーク(プロのアメフト)、ゴルフ・チャンネル、テニス・チャンネルなどである。より重要な展開としては、NBC、CBS、フォックスなどの大手テレビ局が、それぞれ24時間スポーツを放送する独自のチャンネルをはじめた。また、各チャンネルにはESPNの冠番組「スポーツ・センター」と直接競合する、その日起きたスポーツニュースを毎晩おさらいする番組もある。ESPNは依然として、スポーツ放送において最も有名なブランドであり(そのブランド力を生かし、ABCは自局でスポーツ中継を行う際、“ESPN on ABC”(ABCで観るESPN)というスローガンを採用している)、主要なスポーツイベントのほとんどの放映権を確保している。しかし、スポーツに特化しているということ自体の希少性に関しては、疑問を呈する見方も出てきた(注2)

 もちろん、企業が持つ経営資源やケイパビリティがすべて価値を有し、希少でなければならないわけではない。実際ほとんどの企業は、価値はあるものの希少性はそこまでない経営資源やケイパビリティによって、リソース基盤の大部分が構成されている。このような経営資源は、一時的にせよ持続的にせよ競争優位の源泉とはならないが、競争均衡を確保するうえでは不可欠である。そして業界内が競争均衡の状態である場合、どの企業も競争優位を獲得することはないが、各企業が事業存続の可能性を高めることはできる。

 たとえば、経営資源あるいはケイパビリティとしての電話システムを考えてみよう。電話システムは広く普及しており、事実上すべての企業が保有するので、希少性はなく競争優位の源泉とはならない。しかし、電話システムを持たない企業は競合に大きな競争優位を与えることになり、自社は競争劣位に陥る。

 価値ある経営資源やケイパビリティが、どの程度の希少性を持っていれば競争優位を生むのか、ということは状況による。既存の競合や潜在的な競合がまったく持っていないような価値ある経営資源やケイパビリティをある企業1社が持っていれば、それが競争優位を生じさせるのは明らかだ。

 ただし、価値を有する経営資源やケイパビリティを複数の企業が有していても、有しているのが少数の企業であれば、依然として競争優位を獲得できる可能性がある。一般に、価値を有する経営資源やケイパビリティを持っている企業の数が、その業界において完全競争の力学が作用するのに最低限必要な企業の数を下回れば、それは希少であると言え、潜在的な競争優位の源泉となる。

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【注】
1)Miller, J., and Shales, T. (2011) ESPN: These guys have all the fun. NY: Little Brownを参照。

2)Steinberg, D. (2013). “ESPN strives to maintain its lead as competition heats up.” Variety.com/2013/tv/news. Accessed January 6, 2017を参照。また、ESPNにとっては近年におけるケーブルチャンネルの「脱バンドル化」も脅威である。ESPNは現在、ESPNを普段視聴しないケーブルテレビユーザーからも料金収入を得ることができている。脱バンドル化や「コード・カッティング」が進めば、消費者は実際に視聴するコンテンツのみに対して料金を支払うことになる。こうした動きを受け、ESPNは2015年に全社にわたって4%の人員削減を行った。sportsbusinessdaily.com/Journal/Issues/2015/10/26/Media/ESPN. Accessed January 9, 2017を参照。