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生成AIの活用によって人間が失っているもの
私たちの身の回りには、生成AIがもたらす多大な影響についてのメッセージがあふれている。ネット上には、組織が業務のスピードや規模を拡大し、プロセスを自動化・効率化するAI活用法の記事が絶え間なく飛び交っている。メールの受信箱やSNSのタイムラインも、「使えるAIツールトップ10」のリストであふれ、生成AIを使いこなせば仕事の効率性を高め、退屈な単純作業をなくせると謳っている。
一つ、はっきりさせておくべきことがある。生成AIは間違いなく、より多くのアウトプットを、より迅速に、より少ない労力で生み出す助けとなるものである。その点を否定する人は、正直なところ、現実が見えていない。
一方で、私たちはAIによって生み出されるアウトプットの価値に注目するあまり、それ以外の価値の源泉、たとえば、何かを学んだり、人間関係を構築したりすることの価値に目を向けなくなっている。自分たちの一つひとつの行動が、どのような形で真の価値、唯一無二の価値を生んでいるのかと自問することはまずない。
リーダーはいまこそ、冷静かつ厳しい目で組織を見つめ直し、この問いを投げかけるべきだ。そうしなければ、生成AIの導入によって生じた価値以上に多くの価値を失ってしまうことになりかねない。
価値はどこから生まれるのか
自分が、モーツァルトが交響曲を作曲したと伝えられている時のように原稿を書くことができたら──つまり、完璧にまとまった思考が、何の修正も必要ない形で、そのまま紙の上にあふれ出てくるとしたら──どんなによいだろうか。そのようなことを願うが、実際にはそうはいかない。
筆者が本稿を書くに当たっても、書き出しの部分を幾度となく修正し、つじつまの合わないアウトラインをいくつもつくった。いらいらして何度もPCから離れたり、完成原稿の10倍もの下書きを書いたりもした。好奇心に駆られて、筆者は生成AIにいくつかプロンプトを入れて原稿を作成させてみたところ、わずか10秒でそれなりに一貫性のある文章が出力された。
つまり、生成AIが組織や個人に莫大な価値をもたらす可能性を秘めているという点は疑いようがない。
複雑な業務や単調な作業を自動化することで、業務の効率性を高め、より高い価値を生む活動にリソースを回すことが可能になる。AIの計算能力を活用すれば、データ分析によって意思決定の質を向上させたり、アイデアの具現化や試行、改良を通してイノベーションのプロセスを加速させたりもできる──それも、人間ではとうてい実現できない規模とスピードで。ブレインストーミングの補助ツールとして使えば、AIは無限に近い分量のアイデアを提供し、人間の創造プロセスを支えてくれる。
リーダーは、こうした利点が業務の質や効率を向上させていることを念頭に置き、常に意識しておくべきだ。
だが一方で、生成AIに業務を委ねることに伴う代償はないのだろうか。言い換えれば、価値はほかにどこから生まれるのだろうか。検討すべき5つの重要な領域を紹介する。
知識や洞察の獲得
仕事に取り組んでいるうちに、目の前のタスクを超えた知識や理解が身についたというケースは少なくない。たとえば、外国語の適切な単語を探して四苦八苦しているうちに、その表現が記憶に定着して、後で思い出しやすくなる。あるいは、せっかく編み出した技術的課題への解決策が却下されてしまっても、それが他の課題の解決に役立ったり、それ自体が思いがけない新発見につながったりするケースもある(ペニシリンやコカ・コーラ、煙探知器はそうしたプロセスで誕生した)。さらに、情報を要約したり、統合したりするプロセスを通して、概念的なつながりに気づくこともある。
たしかに、翻訳や課題解決、文書の要約を生成AIに任せれば、より速く、場合によってはより正確に、しかも、より少ない労力で成果を得ることができる。しかし、そうすることで、本来なら得られたはずの学びが失われてしまう。儒家の思想家・荀子による「聞いたことは忘れる、見たことは覚える、やったことはわかる」という教えを思い出すべきだろう。