【HBR CASE STUDY】

[コメンテーター]
トム・ケリー(Tom Kelley
)IDEO ゼネラル・マネジャー
フィリップ・ペジョビィッチ(Philip Pejovich)ワールプール 事業開発担当バイス・プレジデント
ルイス・ダンカン(Lewis Duncan)ダートマス大学 サイアー・スクール・オブ・エンジニアリング 学部長
ジョン・カオ(John Kao)イーリング・ステュディオズ 会長

[ケース・ライター]
マーサ・クラウマー(Martha Craumer)
ビジネス・ライター

*HBRケース・スタディは、マネジメントにおけるジレンマを提示し、専門家たちによる具体的な解決策を紹介します。ストーリーはフィクションであり、登場する人物や企業の名称は架空のものです。経営者になったつもりで、読み進んでみてください。

時代の波に乗り遅れた家電の雄、ホームスター

 ハル・マーデンは、朝食のマフィンが食堂にある電子レンジの中でゆっくりと回っているのをじっと眺めながら、こんな小さな家電製品が人々の調理法や食事様式を大きく変えてしまったことに改めて感心した。

「まったくもって完璧な発明だよ。小さいし、早いし、便利だし。しかも省エネときてる。かつて電子レンジはオーブンの代わり程度にしか思われてなかったが、いまやまったく新しいタイプの台所家電になったようだ」

 ハルはホームスターに25年間勤めてきたが、家電事業、とりわけそれを活気づけてくれるいろいろな技術革新に、いまだ魅力を感じている。ハルはCEOとして12年間、常に「最初であり最高にして唯一」という家電業界におけるホームスターの名声を維持せんと心に誓い、R&Dに対する公約をひたすら守ってきた。だからこそ、最近の事態の急変に心底悩んでいる。

 ハルはコーヒーとマフィンを持って、自分の事務室にそそくさと戻り、ドアを閉めた。秘書がまだ出社していないとわかるとホッとひと安心し、それからもう一度、新聞記事を読み始めた。「レトロ調が大人気」という見出しが躍っていた。

「わが国で急成長を遂げている家電メーカー、バンガードは、一連のレトロ調の冷蔵庫、レンジ、食器洗い機でまたまた大ヒットを飛ばしている。丸みを帯びた線、クロム張りの細部、青緑・黄・赤等の色調は、クラシック・カーのような外観と趣きを家電製品に持たせている。品不足のため、買いたくても買えない人すら出ている。バンガードの広報担当は 『当社は統計学の領域を超えて、感性に訴えた商品を提供している。実際に、顧客はこのような製品に愛着を感じている。ホームスターのような業界の保守派に対し、当社は、家電業界がニーズを中心とした市場からさらに進化し、世のトレンドを追求し、精神的豊かさを求める顧客にもアピールできることを示している』と語っている」