給与の透明性を高めると、従業員の満足度は向上する
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サマリー:給与の透明性を高めることは、従業員の不満を招くため、長年避けるべきだと考えられてきた。しかし、この方針は必ずしも正しいとは言えない。従業員は同僚の給与を過大評価しがちであり、正確な情報開示はむしろ報酬... もっと見るへの満足度を高める可能性が筆者らの研究によって示されたからだ。本稿では、SEC(米証券取引委員会)の報酬比率開示に関する大規模調査をもとに、給与の透明性がもたらす意外な効果と企業が取るべき新たな方針を解説する。 閉じる

給与の透明化は本当にデメリットしかないのか

 長年にわたり、経営者は一般従業員間における給与の透明性を確保すべきでないと助言されてきた。しかし、筆者らが行った上場企業1300社以上を対象にした従業員の報酬満足度に関する調査で、それが常に正しい選択とは限らないことが明らかになった。

 これまでの考え方は、自分の給与が同僚より少ないと知った従業員は不満を抱く一方、自分のほうが多くもらっていると知った従業員は、その報酬が正当であると感じ、満足度は変わらないというものだった。もし給与を公開することによってこうした反応が生じるのであれば、企業にとって透明性を高めることはデメリットしかない。

 しかし、筆者らの研究で、この従来の考え方は根拠がない可能性が示された。2018年にSEC(米証券取引委員会)は、企業に対してCEOの報酬と従業員の給与の中央値を比較した「ペイ・レシオ」の公開を義務づけたが、筆者らはその前後におけるグラスドアの報酬満足度評価を用いて調査を実施した。その結果、この新たな情報公開による透明性が、平均して従業員の給与に対する満足度を高めていることがわかった。

 企業が給与情報を公開するかどうかにかかわらず、従業員は同僚の給与について何らかの考えを抱く。彼らは、入手可能なあらゆる情報から直感的に判断する。同僚から噂話を聞いたり、会社の駐車場に停められた高級車、ソーシャルメディアに投稿された同僚の休暇写真など、目に見える富の兆候から判断したりする。また、情報が不完全で不正確な場合もあるが、グラスドア、モンスター、インディードといった匿名のオンライン情報源を利用して、一般従業員の給与水準を把握することができる。

 企業が正確で信頼できる情報を従業員に提供しないと、従業員は自分にとっての適正な賃金はいくらなのかを推測する。そして、その自己判断による賃金は、おそらく実際より高めに見積もられている。事実、他の研究でも、従業員は同僚の給与を過大評価していることが示されている。

 ペイ・レシオの規定は、従業員が正確な給与公開情報を利用して、みずからの給与に対する認識を更新できることを示す優れた事例だ。2018年、SECがこの情報公開を義務づけたことで、企業はCEOの報酬とともに、従業員の給与の中央値を公開しなければならなくなった。その後の数年間、研究者らはこの情報公開が株価に与える悪影響や、CEOの報酬削減にはつながらなかったという事実を研究を通して示してきた。

 しかし、筆者らが62の異なる業界にわたる約30万件の個別の報酬評価を分析したところ、従業員は開示内容の別の部分、すなわち、驚くほど低い従業員の給与の中央値に注目していた。従業員はすでに自分のペイ・レシオ(CEOの給与と自身の給与の比率)は把握していた。しかし、ペイ・レシオが公開される前は、同僚もCEOよりはるかに低い給与しか得ていないことを知らなかったのだ。従業員の給与の中央値を知ったことで、彼らは自分の給与をより現実的で低い基準で捉えるようになった。

 この効果は、CEOの給与、ペイ・レシオ、企業特性、市場全体の要因をコントロールした場合でも維持された。さらに、ペイ・レシオの公開前に入手できていた給与の情報が少なかった従業員ほど、この効果が強まることもわかり、彼らが従業員の給与の中央値という新しい情報に反応したという筆者らの直感を裏づけている。

 従業員の給与の中央値を公開したことは、給与の透明性を高めるための小さな一歩だった。経営者は将来を見据え、ペイ・レシオから学んだ教訓を自社の給与公開方針の策定に活用することができる。筆者らの研究が示唆するのは、より意味のある給与の基準点を共有することが、従業員が自分の給与が実際にどれだけ公平(または不公平)であるかを理解するのに役立つという点だ。

 給与の透明性に関する方針を策定しようとしている経営者は、以下の重要な問いを考慮すべきである。

すでに入手可能な給与情報は何か

 従業員は、求人情報サイトに掲載されている給与情報を確認することができる。企業は、従業員がこうした情報を見ていると想定すべきだ。これらの数字は正確か。もしオンライン情報が誤っていて誇張されている場合、企業は従業員に正確な給与情報を提供することで利益を得るかもしれない。自社に関する情報をコントロールすることで、従業員の士気を向上させられる。

従業員は現在どのような感情を抱いているか

 多くの企業が毎年匿名調査を実施している。その結果、従業員が自分は給与が低いと感じており、特定の人口統計学的グループではしばしば、その傾向が強いことがわかる。もし従業員がこのように考えているなら、たとえ給与制度が公平であったとしても、企業は給与の透明性を高めることで利益を得られる可能性がある。誤った思い込みを正せば、従業員の満足度が高まるかもしれない。