リーダーは自分の能力を「できる」「できない」で判断してはいけない:カート・フィッシャーの「ダイナミックスキル理論」で捉える①
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サマリー:これまで高い成果を挙げてきたリーダーが、組織内の対立の調整や不確実な意思決定で力を発揮できない──。こうした状況に陥るリーダーの多くは「自分の能力不足が原因」だと考えがちだ。それに対して、発達心理学者のカート・フィッシャーは、こうした場面において、能力を「有無」で測るのではなく、「特定の条件の下で構成されるスキル」だと捉える「ダイナミックスキル理論」を提唱する。同理論が示す4段階のうち、どの「構造レベル」でスキルが発揮されているかに着目すれば、リーダー自身の自己評価の精度が高まり、成長のアプローチも明確になるという。本稿では、同理論の階層モデルをひも解き、対立の調整や答えのない事象に取り組む場面においてリーダーが一段高い視座を持つための視点を提示する。

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リーダーが活躍できない状況を「能力不足」で片づけてはいけない

 さまざまな組織で活躍するリーダーを観察していると、しばしば見られる現象があります。チーム内で価値観が対立すると議論が止まり、どちらかに結論を寄せるか、あるいは曖昧な合意に落ち着く。正解のない問題に直面した途端、これまで優秀とされてきた人の判断力が鈍る。さらに、同じ人物であっても、ある場面では的確に対応できる一方で、別の場面では同様の能力を発揮できないというずれが起きる──。

 こうした現象は従来、当事者であるリーダーの「能力の不足」や「経験の差」として説明されてきました。しかし、このような説明は、現象を正確に捉えるのに十分ではありません。なぜなら、同一人物の中で能力が発揮されたり、されなかったりするという状態は、「能力があるか、ないか」という二分法では捉えきれないからです。

 ここで問い直すべきは、「能力とは何か」という前提そのものです。能力を固定的なものとして捉える限り、このずれは説明できません。むしろ重要なのは、能力がどのような構造の下で立ち上がっているのかという視点です。

 連載第7回で解説したカート・フィッシャーのダイナミックスキル理論は、この点に根本的な転換をもたらします。フィッシャーは、能力を「持っているもの」ではなく、「特定の条件の下で構成されるスキル」として捉えました。つまり、能力とは内在的に固定された資質ではなく、状況・関係性・認知の構造の中で立ち上がる動的なプロセスなのです。

 この視点に立つと、先ほどの現象はまったく異なる意味を持ちます。同じ人がある場面では成果を出せる一方、別の場面では成果を出せないのは、能力が不足していたり、不安定だったりするからではありません。発揮されているスキルの「構造レベル」が異なっているからなのです。

 したがって、リーダーにとっての本質的な問いは、「自分にこの能力があるかどうか」ではなく、「自分のスキルは、どの構造レベルで発揮されているのか」へと変わります。この問いへの転換が、自己評価の精度を大きく高めるだけでなく、成長の方向性そのものを変えていきます。

 本稿では、この構造的な視点をもとに、リーダーに欠かせない2つの能力──価値観が対立する場面での調整力と、答えのない事象に取り組む力──を取り上げます。そして、それらの能力がどのような発達構造の下で立ち上がっているのかを明らかにし、自己評価と成長のために必要となる視座を具体的に提示していきます。

フィッシャーの段階モデルが示す発達の構造:能力を「点・線・面・立体」で捉える

 前述の通り、リーダーの能力を「あるか、ないか」で捉えるのではなく、「どの構造レベルで発揮されているか」という視点で捉えるのが、カート・フィッシャーのダイナミックスキル理論です。

 フィッシャーは、人の発達を固定的な段階としてではなく、「スキルがどのような構造で組織化されているか」という観点から捉えました。ここでいうスキルとは、頭の中にある知識そのものではなく、状況に応じて、さまざまな要素が組み合わさり、実際の行動として現れる力のことです。重要なのは、こうした性質を持つスキルが常に同じ形で存在するのではなく、条件によって異なるレベルで立ち上がるという点です。

 このスキルの発達構造は、「点・線・面・立体」という比喩を用いると直観的に理解できます。まず「点」は単一の要素です。次に、その点同士がつながることで「線」が生まれます。さらに複数の線が統合されると「面」になり、そして複数の面が統合されると「立体」が形成されます。発達とは、このように要素が関係づけられ、統合され、より高次の構造へと組み替えられていくプロセスなのです。

「点・線・面・立体」の構造は、4つのレベルで繰り返されます。行為レベル、表象レベル、抽象レベル、そしてその先にある原理レベルです。たとえば行為レベルでは、単一の行動(点)が、因果的なつながり(線)を持ち、一連の行動として統合され(面)、さらに複数の行動パターンが統合される(立体)という形で発達が進みます。同様の構造が、概念や意味を扱う表象レベル、さらに抽象的な思考を扱う抽象レベル、そして判断の軸となる原理レベルにおいても繰り返されます。

 ここで重要なのは、このモデルが「人をある段階に分類するためのものではない」という点です。むしろ同じ人の中に、複数の構造レベルが同時に存在していると考えます。ある場面では高度に統合された抽象レベルの思考ができていても、別の場面では単一の行為レベルに留まることもある。これが人間の実態です。

 したがって、発達とは「上の段階に移行して終わり」ではありません。むしろ、どの状況においてもより高次の構造でスキルを組織化できるようになること、そして状況に応じて適切なレベルのスキルを柔軟に立ち上げられるようになることが重要になります。

 この視点は、リーダーシップに直接的な示唆を与えます。たとえば、価値観が対立する場面や、答えのない問題に直面した時、単に知識や経験があるだけでは十分ではありません。それらをどのような構造で統合し、意味づけ、判断へとつなげているかが問われます。

 つまり、リーダーの力量とは、持っている能力の量ではなく、スキルをどのレベルの構造で組織化できるかによって決まるのです。この構造的な視点を持つことで、自分自身の現在地をより精緻に捉え、どこに成長の余地があるのかを具体的に見極めることが可能になります。

 次節では、このフレームを用いて、リーダー自身の能力をどのように自己評価していくかを具体的に検討していきます。

自分の能力の現在地はどこか:自己評価を「構造」で捉え直す

 ここまで見てきたように、フィッシャーの理論は「能力の有無」ではなく、「スキルがどの構造レベルで発揮されているか」を捉える枠組みです。この視点をリーダーの自己評価に適用すると、これまでとはまったく異なる成長のアプローチが見えてくるようになります。

 多くのリーダーは、自分の能力を評価する際に、「自分にはこの力があるのか、ないのか」という問いを立てています。たとえば、「自分には対立を調整する力があるか」「自分は不確実な状況でも意思決定できるか」といった問いです。しかし、この問いの立て方自体が、自己認識を曖昧にしてしまいます。なぜなら、先に見たように、能力は固定的なものではなく、状況によって異なる構造レベルで立ち上がるからです。

 ここで必要になるのは、問いの再設計です。「あるか、ないか」ではなく、「どの構造レベルで発揮されているか」を問うこと。この転換によって、自己評価の精度は大きく高まります。

 そのためのシンプルなフレームが、前節で紹介した行為・表象・抽象・原理の4つのレベルです。この4つを用いることで、自分の現在地を立体的に把握することができます。

 行為レベルでは、状況に対してどのように反応しているかが問われます。ここでは主に、その場の対応や振る舞いが中心になります。たとえば、対立が起きた時にその場を収める、あるいは問題に対して即座に対応するといった行動です。この段階では、スキルはまだ場面ごとにバラバラに表出しているだけで、全体としてまとまった形にはなっていません。

 表象レベルでは、出来事を意味づけ、関係として捉えることができるようになります。ここでいう「表象」とは、外界の具体的な出来事や経験が脳内で想起される現象を指します。表象能力を通じて、対立の背景にある意図や感情を理解したり、複数の要因の関係を説明したりすることが可能になります。ここでは、スキルは単なる反応ではなく、意味のネットワークとして組織化され始めます。

 抽象レベルに入ると、個別の事象を超えて、その背後にある構造やパターンを捉えることができます。対立を単なる意見の違いとしてではなく、役割、制度、価値体系といった構造的な問題として理解することができるようになります。この段階では、スキルは一貫した枠組みとして機能し始めます。

 さらに原理レベルでは、個別の状況を超えて適用可能な判断軸を持つことができます。複雑な状況や不確実性の中でも、一貫した基準に基づいて意思決定することが可能になります。この段階では、スキルは単なる対応力ではなく、意思決定を導く原理として機能します。

 重要なのは、これらのレベルが階段のように固定されているわけではないという点です。同じ人でも、ある領域では抽象レベルで考えられていても、別の領域では行為レベルに留まることがあります。また、時間的な余裕や心理的な状態、周囲の支援によっても、発揮されるレベルは変化します。

 したがって、自己評価において重要なのは、「自分はどの段階にいるのか」を決めることではありません。むしろ、「この能力は、どの状況でどのレベルで立ち上がっているのか」を観察することです。この視点を持つことで、これまで曖昧だった自分の強みと限界が、より具体的に見えてきます。

 そして、もう一つ重要な視点があります。それは、「できないこと」を能力不足として捉えるのではなく、「構造が立ち上がっていない状態」として捉えることです。この見方に立つと、成長のアプローチも変わります。単に努力や経験を積むのではなく、どのような条件を整えれば、より高次の構造が立ち上がるのかを考えることが重要になります。