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連載『成人発達理論で考える部下の育て方とリーダーの成長』はこちら。
【おすすめ記事】部下の成長を阻んでいるのは「器」か「スキル」か──成長段階の「現在地」を見極める方法
優秀なリーダーほど行き詰まるのか
組織で活躍するリーダーの方々を見ていると、ある種の逆説的な現象に出くわすことがあります。十分な経験を持ち、論理的思考にも優れ、実績も上げてきたリーダーが、ある局面で急に立ち止まってしまうのです。すなわち、価値観が衝突する場面、不確実性の高い意思決定、正解のない問いに向き合う場面になると、それまで機能していたはずの強みが、むしろ足かせのように働いてしまうことがあります。
この時、多くのリーダーがしばしば「まだ能力が足りないのではないか」「より高度なスキルが必要なのではないか」と考えます。しかし、実際はそうとは限りません。むしろ問題になっているのは、スキルの有無ではなく、その人がどのように世界を見ているかという「見え方」です。
同じ状況に直面しても、あるリーダーは対立を調整可能なものとして捉え、別のリーダーは解決困難な衝突として受け取ります。ある人は不確実性の中でも意思決定を前に進めることができる一方で、別の人は判断の拠り所を失い、動けなくなります。この違いは、知識量や経験年数だけでは説明できません。
ここで問うべきは、「何ができるか」ではなく、「どのような前提で物事を捉えているか」です。リーダーは事実そのものに反応しているのではなく、事実に対する意味づけに基づいて行動しています。そして、その意味づけこそが、意思決定や対人関係の質を大きく左右しています。
困難な状況でも冷静に対処できる人に対して、「あの人は器が大きい」といった表現が使われることがあります。しかし、この「器」という言葉は、多くの場合、人格や性格の印象として曖昧に用いられており、何を指しているのかが十分に明確ではありません。
その結果、マネジャーなどが「器が大きい人を育てたい」と言いながら、具体的に何をどうすればよいのかが見えないまま議論が終わっています。あるいは逆に、「あの人は器が小さい」といったラベルが貼られ、その人の可能性が早い段階で閉じられてしまうことすらあります。
しかし本来、「器」という言葉が指しているものは、こうした曖昧な人格評価ではありません。それは、より構造的に捉えることのできる差異です。
本稿では、ロバート・キーガンの成人発達理論を手掛かりに、この「器」と呼ばれているものの正体を、人がどのように世界を理解し、自分や他者との関係を捉えているかという「意味づけの構造」で捉え直していきます。ここでの目的は、人を段階で分類することではありません。むしろ、自分自身がどのような前提で世界を見ているのか、その現在地を丁寧に理解することにあります。
前回までの記事でも触れたように、発達段階を安易なラベルとして用いることには大きな危険があります。そこで本稿でも同様に、段階を「優劣」や「固定的なタイプ」として扱うことは避けます。そのうえで、リーダーとしての自己理解を深めるためのレンズとして、この理論を位置づけていきます。
では早速、その前提となる「人の器とは何か」を、主体と客体という視点から整理していきましょう。
「人の器」とは何か:主体と客体で捉える意味づけの構造
前節では、リーダーの行き詰まりがスキルの不足ではなく、取り巻く世界に対する「見え方」の限界に起因する可能性を指摘しました。では、その「見え方」はどのように捉えればよいのでしょうか。ここでカギとなるのが、ロバート・キーガンの提示した「主体と客体」という視点です。
【キーガンの理論について解説した参考記事】部下の成長を阻んでいるのは「器」か「スキル」か──成長段階の「現在地」を見極める方法
キーガンは、人の発達を知識量や能力の多寡ではなく、「何を自分と一体化して生きているか」(主体)、「何を一歩引いて扱えるか」(客体)によって捉えます。主体とは、いままさに自分を動かしているものであり、まだ距離を取ることができない前提です。感情、評価、役割、信念、価値観といったものが、状況によっては主体として機能します。これに対して客体とは、それらを対象として見つめ、扱い、必要に応じて調整できる状態を指します。
たとえば、評価を主体として生きている時、人は「どう見られているか」に強く引きずられます。評価に対して過敏に反応し、意思決定が外部の期待に左右されやすくなります。一方で、評価を客体として扱えるようになると、評価は重要な情報の一つではあっても、それに全面的に規定されることはなくなります。状況に応じて参照しつつも、自分の判断を組み立てることが可能になるのです。
この違いは、能力の多寡では説明できません。同じ知識やスキルを持っていても、何が主体で何が客体かによって、行動の質は大きく変わります。したがって、リーダーの成長を考える際には、「何ができるか」だけでなく、「何をどのように対象化できているか」を見る必要があります。
ここであらめて、「器」という言葉をこの枠組みで捉え直してみます。一般に「器が大きい」と言うと、寛容である、我慢強い、多くを受け止められるといったイメージが想起されます。しかし、キーガンの視点から見ると、器とは、単に耐える力ではありません。そうではなく、自分を動かしている前提そのものをどこまで対象として扱えるか、その範囲の広さを指します。






