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連載『成人発達理論で考える部下の育て方とリーダーの成長』はこちら。
【おすすめ記事】部下の成長を阻んでいるのは「器」か「スキル」か──成長段階の「現在地」を見極める方法
なぜ同じ部下への評価が分かれるのか
部下を評価することの限界
リーダーは、日常的に部下を評価しています。成果は出ているか、主体的に動けているか、対人関係に問題はないか、将来の伸びしろはあるか。こうした問いに答えながら、育成、配置、任用を判断しています。しかし、その一方で、こうした評価が本当に部下の実態を捉えているのかと問われると、必ずしも自信を持てない場面も少なくありません。
実際、現場では同じ部下に対して、相反する印象が生まれることがあります。ある上司からは「指示待ちで主体性がない」と見える一方で、別の上司からは「周囲をよく見て慎重に動いている」と評価される。あるいは、「自己主張が強すぎる」と言われる人が、別の環境では「自分の意見を持っていて頼もしい」と見なされることもあります。こうしたずれは、単に評価者の好みの違いだけではありません。そこには、他者評価そのものの限界が表れています。
多くの組織における評価は、どうしても目に見える行動や結果に重心が置かれます。発言したかどうか、期限を守ったかどうか、期待通りに動いたかどうか、といった観察しやすい指標に基づいて人を判断することは、実務上、避けられません。しかし、こうした見方だけでは、「なぜその人がそのように行動しているのか」は見えてこないでしょう。行動はあくまで表面に現れた結果であり、その背後には、その人なりの現実の見え方、意味づけの癖、判断の前提が存在しています。
たとえば、会議で発言を控える部下を見て、「消極的だ」と判断することは簡単です。しかし、その人の内側では、「十分に考えがまとまっていないのに発言すべきではない」「場の秩序を乱してはいけない」「上司の考えをまず理解すべきだ」といった前提が働いているかもしれません。その場合、その行動は単なる消極性ではなく、その人なりの秩序感覚や責任感の表れともいえます。逆に、強く意見を主張する部下も、「主体的である」と評価される一方で、本人の中では「弱く見られてはいけない」「自分の立場を守らなければならない」といった防衛的な前提が作動している可能性もあります。
つまり、他者評価において本当に重要なのは、「何をしたか」だけではなく、「どのような現実を生きているのか」を理解することです。ところが、日常のマネジメントでは、この問いがしばしば抜け落ちています。評価は行動のラベルづけになりやすく、「主体性がない」「幼い」「協調性が低い」「扱いにくい」といった印象語で人を捉えてしまいます。こうしたラベルは一見便利ですが、便利であるがゆえに危険でもあります。なぜなら、それはその人の可能性や変化の余地よりも、現時点で目につく特徴だけを固定化してしまうからです。
評価を行う際の「問い」を転換する
ここで必要になるのが、評価を行う際の問いそのものを転換することです。「この人はできるか、できないか」という問いから、「この人は何を前提に世界を見ているのか」という問いへと転換するのです。これは、「なぜこの行動がその人にとって自然なのか」「何がこの人の中で当然のものとして働いているのか」と問うことでもあります。この問いへの転換ができた時、評価は単なる選別の道具ではなく、理解と支援の出発点へと変わります。
スザンヌ・クック=グロイターの自我発達理論は、まさにこの転換を可能にする枠組みです。この理論は、人を性格や能力の量で捉えるのではなく、その人がどのような意味づけの構造で現実を理解しているのかに注目します。したがって、他者評価にこの理論を用いるということは、部下を「どの段階の人か」と単純に分類することではありません。むしろ、その人がいまどのような現実を生きていて、何に反応し、何に価値を置き、何に脅威を感じているのかを、より精緻に読み取ることを意味します。
そして、この視点は部下の理解だけでなく、リーダー自身の評価の在り方も問い直します。なぜなら、他者をどう評価するかは、自分がどのような枠組みで世界を見ているかに強く左右されるからです。自分にとって当然のものが、相手にとっては当然ではない。この事実を本当に理解した時、リーダーシップは「正しく評価すること」から、「違いを読み解き、発達を支援すること」へと質的に転換していきます。
では、この他者評価の転換を支える理論的な土台として、クック=グロイターの発達理論を、他者理解の観点からどのように捉えればよいのかを整理していきましょう。
【関連記事】優秀なリーダーと評価される人の「ものの見方」とその限界:クック=グロイターの「自我発達理論」で捉える①
他者評価におけるクック=グロイターの発達理論の基本的視点
他者を評価するという営みは、一見すると客観的で中立的な行為のように見えますが、その実態は極めて主観的な営みです。なぜなら、評価とは単に外側に現れた行動を捉えることではなく、その行動を「どのような意味として解釈するか」というプロセスを必ず含んでいるからです。そしてこの「意味づけの枠組み」こそが、成人発達理論において「自我」(ego)と呼ばれるものです。
クック=グロイターの発達理論が提示した重要な洞察は、人はそれぞれ異なる「現実の見え方」を生きているという点にあります。同じ出来事に直面しても、それを脅威として受け取る人もいれば、学習機会として受け取る人もいます。この違いは性格や能力の差異として説明されがちですが、発達理論の視点から見るならば、それは「どのような意味づけの構造を通して世界を理解しているか」という差異として理解されるべきものです。
この観点に立つと、他者評価の対象は大きく変わります。従来の評価は、成果やスキル、あるいはコンピテンシーといった「外側に現れるもの」に焦点を当ててきました。しかし発達理論に基づく評価は、その背後にある「どのような世界を見ているのか」「何を前提として行動しているのか」という内的構造に目を向けます。言い換えれば、評価とは「何をしているか」を測ることから、「どのように意味づけているか」を読み解く行為へと転換されるのです。
ここで重要なのは、同じ行動であっても、その意味は段階によってまったく異なるという点です。たとえば、上司の指示に従うという行動一つをとっても、それが単なる罰の回避である場合もあれば、組織の秩序を守るという信念に基づく場合もあり、さらにはみずからの価値観と照らし合わせたうえで選択的に従っている場合もあります。外形的には同じ「従う」という行動であっても、その内実は大きく異なっているのです。
このように考えると、他者評価とは単なる観察ではなく、一種の「解釈行為」であることが明らかになります。そしてその解釈の質は、評価者自身の発達段階に強く依存します。つまり、自分がどのような意味づけの枠組みを持っているかによって、他者の行動を理解する方法そのものが変わってしまうのです。この点を見落とす限り、評価は容易に誤解や過小評価、あるいは過剰な期待へと歪んでいきます。
したがって、発達理論に基づく他者評価において求められるのは、「正確に評価すること」そのもの以上に、「どのような現実を生きているのかをていねいに読み取る姿勢」です。評価とは対象を分類するための道具ではなく、その人の見ている世界に一歩踏み込むための入り口であるべきです。この転換こそが、部下の成長を支援するリーダーシップへとつながる基盤となります。
段階別で理解する、部下の見え方と行動特性
クック=グロイターの発達理論を他者評価に応用する際に最も重要となるのは、各段階において世界がどのように見えているのかを具体的に理解することです。行動の表層だけを捉えても、その背後にある意味づけの構造を見誤れば、評価は容易に歪んでしまいます。したがって、ここでは段階ごとの「見え方」と「行動」、そしてリーダーが陥りやすい誤解を一体として捉えていきます。
クック=グロイターの発達理論では、人は成長に伴って世界を理解する枠組みそのものが変化していくと考えます。ここでいう発達とは、知識やスキルが増えることではありません。むしろ、自分自身や他者、組織、社会をどのような前提で理解しているかという「意味づけの枠組み」が、より複雑で柔軟なものへと変化していくことを指します。
クック=グロイターは、この意味づけの発達を次のような段階として整理しています。
なお、クック=グロイターの発達理論においては、より初期のプレパーソナル段階(段階1や段階1/2〈段階1と段階2が拮抗〉)も想定されていますが、成人の組織文脈では通常は背景に退いています。ただし、強いストレスや関係の緊張の下では、こうした段階の反応が一時的に表面化することもあります。それでは、段階2から順番にその行動特性を見ていきます。
①段階2:呪術的-衝動的段階
段階2の「呪術的-衝動的段階」(magical-impulsive)においては、世界はまだ安定した因果関係やルールとしては認識されていません。出来事は断片的であり、その場の感情や欲求に強く引き寄せられて理解される傾向があります。そのため、行動は一貫性に欠け、短期的な快・不快によって左右されやすくなります。組織の文脈では、指示の意図を十分に理解しないまま反応的に動いたり、感情に基づいて行動が大きく揺れることが見られます。この段階の部下に対して、論理的説明や長期的視点を前提とした指導を行うと、「理解していない」「やる気がない」と思いがちです。しかし、実際は、彼らの世界の把握の仕方そのものが上司とは異なっているために、そのように見えてしまうのです。
②段階2と段階3が拮抗する状態(段階2/3):機会主義的-自己防衛的段階
段階2と段階3が拮抗する「機会主義的-自己防衛的段階」(opportunistic-self-protective)になると、世界は「自分にとって有利か不利か」という軸で整理されるようになります。他者やルールは、自分の利益を守るための手段として理解されやすく、行動は戦略的である一方で、防衛的でもあります。組織においては、責任回避や言い訳、他者への責任転嫁といった行動が見られることがありますが、これらは単なる人格的欠陥ではなく、「自分を守ること」が最優先となる世界観の表れです。上司がこの段階の部下に対して、誠実さや主体性を前提とした期待をそのままぶつけると、「不誠実」「信頼できない」という評価につながる傾向があります。しかしそれは、上司と部下の間で、「信頼」という概念そのものの成立条件が異なっているために、生まれるギャップなのです。
③段階3:神話的-同調的段階
段階3の「神話的-同調的段階」(mythic-conformist)においては、世界は共有されたルールや価値観によって安定的に理解されるようになります。何が正しく、何が間違っているかは、所属する集団の規範によって定義され、それに従うことが重要視されます。この段階の部下は、指示を忠実に実行し、協調的に振る舞う傾向が強くなります。
その一方で、みずからの判断で既存の枠組みを疑うことは難しく、状況が変化した際に柔軟に対応できないことがあります。リーダーはしばしば、この段階の部下を「優秀で扱いやすい」と評価しますが、その評価は環境が安定している場合に限られます。変化の激しい状況では、むしろ指示待ちや過度な同調として現れる可能性があります。
④段階3と段階4が拮抗する状態(段階3/4):慣習的-対人的段階
段階3と段階4が拮抗する「慣習的-対人的段階」(conventional-interpersonal)では、他者の視点を意識しながら、みずからの役割や関係性を調整する力が発達します。単にルールに従うだけでなく、「この状況においてどう振る舞うことが期待されているか」を読み取り、それに応じて行動を選択できるようになります。組織においては、関係性を重視しながら調整役を担ったり、チームの雰囲気を保つ役割を果たすことが多くなります。ただし、この段階ではまだ、自分自身の価値観と他者の期待を明確に切り分けることが難しく、過剰適応や自己犠牲として現れることもあります。リーダーはこれを「主体性が弱い」と評価することがありますが、実際には高度な対人感受性が発現している表れでもあります。
以上のように、各段階における行動は、その背後にある世界の見え方と密接に結びついています。同じ「問題行動」に見えるものでも、それがどの段階から生じているのかによって、意味も対応も根本的に異なります。したがって、他者評価において求められるのは、行動の是非を判断することではなく、「その行動がどのような世界の中で合理的なのか」を見極める視点です。この視点を持つことで、評価は単なるラベリングから、理解と支援の起点へと転換されていきます。
段階に応じた関わり方・支援の原則
ここまで見てきたように、部下の行動は、その背後にある世界の見え方によって規定されています。この前提に立つと、リーダーに求められる関わり方もまた、大きく変わってきます。重要なのは、「正しい関わり方」を一つに定めることではなく、「どのような発達段階において、どのような働きかけが意味を持つのか」を理解することです。言い換えれば、支援とはスキルの伝達ではなく、意味づけの枠組みに働きかける営みです。







