日本で本当にうまくやれることを
海外に移植せよ

 あらためて言うまでもなく、いま多くの産業分野で急速なグローバル化が進行しています。日本メーカーは数十年前から海外に生産拠点を展開してきましたが、いまでは現地市場における販売網の構築、いかに売るかを含めた複雑なマネジメントが求められるようになりました。これらに技術経営が無縁というわけではありません。

 1年ほど前、中国を訪れた際にダイキン工業の工場を見学する機会がありました。同社は世界ナンバーワンのエアコンメーカーです。

 訪問は月曜日でした。工場建屋の横に盆踊りのやぐらのようなものがあったので、不思議に思って尋ねたところ、「昨日は一晩中、炭坑節をやっていました」とのことで、その際使用した道具が残されていたのです。工場で働いている人たち、近所から参加した人たちにとって、炭坑節のような響きはどうやら心地よいようです。

 世界は広いし、日本人にとって理解しにくいことも多くありますが、同じ人間である以上、共通するものもたくさんあります。おそらく、人の心が動くときのメカニズムは、どこの国でも大きな違いはないのでしょう。

「郷に入れば郷に従え」という諺がありますが、やみくもに現地に合わせるのは考えもの。世界で勝つためには、日本で本当にうまくやれることを世界に持ち出すべきです。それは制度や組織形態かもしれませんし、開発や生産の技術かもしれません。

 その核となる強みを現地に根づかせる際、米国流、中国流にアレンジすることはあるでしょう。しかし、「現地ではこうだから」と最初からローカライズを考えるのは間違っています。もしすべてを現地流に合わせるなら、現地企業にかなうはずがありません。

 いま日本は少子高齢化や財政赤字など多くの構造的な課題を抱えています。国内経済は成熟し、成長から取り残されている企業も少なくありません。閉塞感を打ち破る何かを人々が求めるからでしょうか、最近はイノベーションという言葉を聞く機会が増えました。

 イノベーションは技術革新のみを意味する言葉ではなく、ビジネスモデル革新なども含めた広い概念ですが、やはり技術の持つインパクトは大きい。イノベーションに関して「マーケットからのアプローチか、それとも技術からのアプローチか」という議論がよく行われますが、私は圧倒的に後者を支持します。マーケットリサーチを否定するつもりはありませんが、世の中を変容させるほどのイノベーションは多くの場合、技術から生まれています。技術の力が大きいのです。

 だからこそ経営者には、現場で生まれている技術を大事に育ててもらいたい。わからなければ、CTOや現場マネージャーに任せればいい。技術経営においてもグローバル展開においても、最後にモノを言うのは人材の質です。その人材育成を通じて、東京理科大学MOT専攻はこれからも日本の社会と企業に貢献していきたいと考えています。