ESG活動の財務インパクトは、AIで瞬時に算出できる
HBR Staff; Rizky Panuntun/Getty Images
サマリー:生成AIの活用により、企業のESG活動が財務や企業価値に与える影響を迅速かつ再現可能に試算できる時代が到来した。これにより、単一スコアに依存してきた従来のESG格付けや標準設定機関は変革を迫られており、分析の主導権は現場の投資家やアナリストへ移行しつつある。本稿では、エクソンモービルの事例をもとに、AIを活用した財務マテリアリティの具体的な試算手法と、ESGエコシステム全体に及ぼす影響を解説する。

ESG活動が企業価値に与える影響は、AIで瞬時に明らかになる

 筆者らは最近、一般に入手可能な4つの大規模言語モデル(LLM)を活用し、エクソンモービルの公表資料の分析を試みた。その目的は、新たなESGスコアをつくることでも、同社を特に問題視することでもない。サステナビリティ分析が長年抱えてきたスケール化の壁をAIで突破できるかを検証することにあった。つまり、企業自体が財務的に重要だと認めた環境・社会課題を洗い出し、それらを損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書の具体的な勘定科目にひもづけたうえで、各課題の取り組みの成否が企業価値にどう影響するかを推計するのだ。

 かつて筆者の一人がすべて手作業でこの分析を行った際は、約100時間を要した。しかしAIを投入したところ、中心的な作業はわずか1時間ほどで完了し、工程によっては数分で終わったものもあった。

 この驚異的なスピードこそが注目すべき点だ。そして、これが重要なのは2人の教授が実現できたからではない。遠からず、ほぼ誰もができるようになるからだ。

 筆者らの新著Making Sustainability Financially Relevant(未訳)でも主張している通り、エクソンモービルは一つのユースケースにすぎない。厳密で財務的根拠に基づいたサステナビリティ分析は、いまや安価で、迅速、かつ再現可能なものになりつつある。そうなると、市場の関心は「どの企業のESG格付けを信じるべきか」から、「前提条件やトレードオフ、自社にもたらされる金額ベースの影響をいかに精査するか」へと移っていく。こうした変化は、これまでこの分析が非常に難しかったがゆえに成長してきた、格付け会社、標準設定機関、データベンダー、ファンドマネージャーから成る数兆ドル規模のエコシステムを、活気づけると同時に不安にさせるはずだ。

新たな手法

 ESGという言葉がいまや政治的な格好の標的になっていることは、筆者の一人であるエクルスが『ハーバード・ビジネス・レビュー』(HBR)の2024年の論考「責任ある企業になるための3つの戦略」で論じているが、それについてはいったん脇に置こう。サステナビリティの熱心な支持者たちは長年にわたり、企業の環境・社会面でのパフォーマンスと財務パフォーマンスを、透明性と信頼性を持って結びつける方法が存在しないことこそが最大の障害だと考えてきた。「ステークホルダーを大切にすることが株主価値の創出につながる」というお馴染みの説明は、分析としての厳密さを欠き、トレードオフの存在にも目をつぶっているため、政治的立場を問わず、誰も納得させられなかった。

 この問題の解決策は地道で、20年前に誰でも思いつけたほどシンプルな手法だ。当時はあまりに膨大な労力を要したため実現できなかったにすぎない。具体的には、上場企業が有価証券報告書(10-Kや20-F)で開示している環境・社会リスクを特定し、該当業界で財務的に重要とされる課題(SASB基準などが格好の出発点となる)と照合する。そのうえで、各課題を財務諸表の具体的な勘定科目にマッピングし、多様なシナリオの下でパフォーマンスが好転・悪化した場合の財務的影響を試算するのだ。こうして得られる成果物は、決まり文句でもスコアでもなく、投資家が実際の投資判断に利用できるデータだ。

 エクソンモービルの事例において、この手法は、印象ではなく具体的な数値を導き出した。AIを活用した筆者らの分析では、基本ケースにおけるサステナビリティ関連の潜在的影響額を約50億~100億ドルと試算し、悪条件を想定した厳しいシナリオ下では120億~180億ドルに達すると推計した。一方、並行して「ジェミニ・プロ2.5」を用いて行った試算では、250億~450億ドルという大幅に高い数値が算出された。これは、炭素コストの価格転嫁に関するより強気な前提と、筆者らが異議を唱えている資産減損の算定方法に起因する。

 さらに、原油価格の推移、炭素価格、訴訟の進展速度、炭素コストの価格転嫁率によって定義した3つのシナリオでは、年間EBIT(利払前税引前利益)への推計影響は、約マイナス33億ドル(保守的シナリオ)、マイナス83億ドル(厳しいシナリオ)、マイナス152億ドル(最悪シナリオ)となった。

 どのAIシステムを選ぶかが結果を大きく左右することは明白だ。そして、ここに本手法の注意すべき側面が存在する。かつて、筆者らの枠組みが示す根拠を超えた推計をAIに求めたところ、内部的には整合していても、現実とかけ離れた長期需要減退の予測が出たことがある。前提とした政策環境が、まさに真逆の方向へとシフトしたために生じたエラーだった。この誤りに気づくことができたのは、筆者らが同社と政策環境の双方を熟知していたからだ。

 これは例外的なことではない。むしろよくあることだ。分析を可能にするのはAIだが、その信頼性を担保するのは人間の判断である。より優れたツールほど、使いこなすために必要な専門性の価値を高めるのであって、それを不要にするわけではない。