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水面下で事態は悪化している
1965年、『ハーバード・ビジネス・レビュー』(HBR)に掲載されたある記事は、「女性エグゼクティブは人間なのか」(Are Women Executives People?)という問いを投げかけていた。この挑発的なタイトルは意図されたものであり、当時それには十分な理由があった。この記事のために調査された男女2000人の幹部のうち、かなりの割合の男性幹部が、女性が管理職に就くことを否定的に見ており、その理由は指導者としての能力不足からではなく、女性は管理職には場違いだと考えていたからだった。以来、筆者チームは、20年ごとに1965年の研究とほぼ同じ質問を用い、女性幹部に関する認識を調査し、HBRで発表してきた。1985年のベンソン・ローゼン、サラ・ラインズ、トーマス A. マホニーによる「男性と女性が実感する“職務と賃金”の問題点」(Compensation, Jobs, and Gender)と、2006年の「What Men Think They Know About Executive Women」(男性が知っているつもりの女性幹部像)(未訳)である。
2026年に再び調査を実施するため、筆者ら(2006年論稿の著者の1人を含む3人の研究者)は、同じ質問に加え、昇進基準や能力主義に関する認識の質問の追加や、職場環境の変化を反映した修正を行った。米国の多様な業種にわたる上級幹部193人から回答を得て、複数の回答者に定性的インタビューを実施した。データを統合した結果、明らかになったのは、偏見が依然として存在するというだけでなく、懸念すべき新たな変化が起こっているということだった。1965年から2006年にかけて意識は大きく改善したが、その後は、男女間で評価、基準、機会に関する認識に差が生じた。この乖離は、表面上は進歩しているように見えても、水面下では悪化していることを示唆している。
数字が実際に示していること
最新データにおいて、2つの結果が特に目を引く。第1は経験的側面だ。20年前、「幹部職では女性のほうが厳しく評価されているか」という質問に対し、そう思うと回答した人は、男女ともほぼ同じく約35%だった。ところが今回、同じ質問に男性は依然として35%がそう思うと回答したのに対し、女性のそれは90%に達し、男性幹部と女性幹部の間に大きな認識差が見られた。
第2は構造的側面だ。「女性が成功するには男性よりも優れていなければならない」と考えている女性が83%に上るのに対し、男性では28%だった。これは2006年の女性68%、男性32%から、大きく上昇している。この2つ目の結果は、「証明し続けろ」バイアスとして知られるものを反映している。これは、女性には能力がないという前提の下、女性だけが何度も実力を示さなければならないという、研究に裏づけられた傾向だ。男性が将来性で評価される一方、女性は過去の実績で評価され、男性の失敗は全体として好意的な印象の中に吸収されるが、女性の失敗は記録として積み上げられる。筆者らのデータによれば、この傾向は続いているだけでなく、さらに強まっている。第1の認識のずれは、評価され判断されることに対する女性の受け止めを捉えたものであり、第2のずれは、女性が認識している「好意的な評価を得るための基準」を示している。どちらも前回調査から悪化しているが、そのメカニズムは異なる。
新たに加えた質問の回答が問題の深掘りに役立つ。昇進基準が男女平等に適用されていると考える女性は37%にすぎないのに対し、男性では70%に上る。また、自社が能力主義だと考える女性が40%に留まるのに対し、男性は76%だった。インタビューしたある上級幹部は、その根本メカニズムを、事実認識の違いではなく、同じ制度の経験のされ方の違いだと説明した。男性はプロセスが一貫して適用されていると見ているが、女性はそのプロセスを支える情報(評価材料や機会)へのアクセスに不平等を体感している。ビジビリティ(組織内での存在感の差)が不均等に蓄積しているのだ。
実力は単に測定されるのではなく、解釈される。研究によれば、能力主義を強く掲げる組織ほど、「能力」の解釈が女性に不利に歪められやすい。明示的に能力重視を掲げる組織の管理職たちは、同等の成果を挙げる女性より男性を優遇するバイアスを強く示しているが、それは制度の公正さを信じるがために、自己を見直そうと思わないからだ。非公式の後援が正式な制度が届かないつながりに沿って行われ、そのつながりは従来の親近感やビジビリティのパターンに従う。こうした力が重なり合った結果、過去20年で男女の認識のずれは縮まるどころか広がったのである。
なぜ進歩によって状況が悪化したのか
筆者らが見る限り、この20年の乖離には、相互に関連した2つの理由がある。政治的二極化の進行によるDEIの後退と、女性の間での偏見に対する認識の高まりだ。
筆者らは調査において、業界や地域の政治的立場にかかわらず、女性リーダーは職場で同じような目に見えない障壁に直面していると報告している。つまり、政治だけが男女不平等を生んだり解決したりするわけではない。しかし、政治的二極化の高まりによって、女性の職場での困難が政治闘争に転換されている。研究によれば、実在する問題(偏見など)の解決策(DEIプログラムなど)が政治色を帯びると、人々は問題についてではなく、解決策をめぐって争うようになる。その結果、本来の問題は見過ごされ、女性が日々直面する障壁はそのまま残る。
しかし、DEI施策の後退が新たな困難を生み出したのはたしかだが、そもそも進展を見なかった施策も多かった。なぜなら、多くの企業が方針や声明の打ち出しといった目立った取り組みに重点を置き、昇進対象を決める実際のプロセスを改善していなかったからだ。正式なDEI施策が削減されると、その「ウィンドウ・ドレッシング」(粉飾)が外され、実際の意思決定パターンがより露わになった。ある幹部は、会社が法的理由でインクルージョン施策を停止すると、昇進の検討の際、上層部が突然「成績」だけを語るようになったと話した。かつて自分がリーダーとして有望視されていると感じていた社員たちは、本当にまだ候補と見なされているのか疑い始めたという。
女性は、偏見を是正するための手段や施策の削減報道によっても、偏見に対する認識を強めているが、それは女性の野心の低下に波及しているようだ。マッキンゼー・アンド・カンパニーの2025年「職場の女性」(Women in the Workplace)報告書によれば、同報告書の11年の歴史で初めて、昇進を望む割合に男女間で顕著な差が生じた。ところが、同社のデータによると、女性が男性と同じキャリア支援や後援を受けると、その差は消えた。野心の相対的低下は、支援のない環境に対する合理的な反応である。意識の高まりによって隠れていたハードルは見えるようになったが、それを取り除く正式な手段は失われつつあるか、弱まっている。
これらの説明に共通するのは、正式な組織プログラムと、それが届かない非公式の力の作用とのギャップという同じ根本メカニズムを指していることだ。あるCFOレベルの女性幹部は、退任するCFOの後任として雇われたという。十分な審査を経て承認されたはずだったが、就任から2カ月後、取締役会の会議ではなく夕食会への参加を求められた。彼女を承認していたはずの取締役会メンバーを「安心させる」ためというのが理由だった。そこに方針違反はなく、正式な抗議手段もなかった。しかし、誰の権限行使には追加の承認が必要かというメッセージは明白だった。これが隠れた偏見の構造であり、筆者らのデータを裏づけるものでもある。







