私が特に強い印象を受けたのは、同僚との会話である。テスト販売を10月に実施すると、測定を誤まるリスクがあるというのだ。これはインドの外にいる経営者にはわからないことだろう。しかし同僚は、盛大な10月のお祭りが、テスト販売が行われる市場にも大きな影響を与える様を体験していたのである。祭りの期間の前後は商業活動がスローダウンし、1週間ほど町は停止したかのような状態になる。そして、もし祭りの真っ最中である20日間の販売結果を見るならば、テスト販売は目標を超える、ということだった。
その市場を体験しない限り、その市場を理解することはできない。役員たちは、消費者と同じような生活を体験してみない限り、消費者に共感することは難しいだろう。たとえば、利用者が自ら扱う医療機器の開発という、目新しい試みを行っている企業がある。訓練を受けた専門家であれば、苦もなくその医療機器を使って患者を治療・診断することができるだろう。だが、ターゲットとする患者は、高齢で、視力は衰えていて、そうした体の衰えと妥協しながら生活している人たちだ。開発を手掛ける企業の技術者と役員たちは、視界を遮る眼鏡をかけ、動きがとりにくい服を着ることによって、彼らのアイデアを成功させるためには何が必要かを理解できる。実際、それほど驚くべきことではないだろうが、マサチューセッツ工科大学のエイジラボ(加齢研究所)では、「今すぐに加齢を体験して高齢者に共感するシステム」という意味をこめた名称の〈アグネス〉(AGNES)を開発している。これは平均的な75歳の人の体の動きにくさなどを技術者が体験するためにつくられたスーツだ。
こうした事例は当たり前のように思えるかもしれない。だが、豪華な本社にいると、簡単に見落としたり、忘れてしまったりするものである。また、5つ星のホテルに宿泊してお膳立てされた会合に参加する、というような、事前にしっかりアレンジされた出張などでは見落としてしまうだろう(私もそうした出張旅行をかなりしてきた)。肝心なのは、インドのような多様性にとんだ市場を何度も訪問することだ。もし市場に行かないのならば、市場を理解できないだけである。
原文:Innovators: Live the Market to Know the Market November 11, 2010