新興国の企業のほうが、新興国市場の顧客のニーズにうまく対応し、より多くの顧客を獲得できるはずだ――こう考える人もいるだろう。実際、インドのゴドレジ・コンシューマー・プロダクツは中南米のイシュー・グループとコスメティカ・ナショナルを買収して急成長を遂げており、一方で中国のファーウェイはインドの通信市場に進出して大きなシェアを獲得している。しかし、特定の新興国市場向け製品をすでに開発している富裕国の多国籍企業にも、他の新興国市場でも十分に勝負できる独自のアドバンテージがあるはずだ。

 2011年8月、メキシコで5番目の大都市トルーカで、新型の家庭用浄水器〈ピュアイット〉(PureIt)が発売された。これがあれば、食料品店で飲料水を買い、40ポンド(約18 kg)のボトルを自宅まで引きずるように持って帰る必要はなくなるはずである。発展途上国の多くでは公共水道水の質に対する不信感があり、消費者は自分で水を煮沸したり、ボトル入りの水を購入したり、自宅で水を浄化したりしている。メキシコの消費者は家庭に浄水器を設置する習慣がなかったため、それに目をつけたユニリーバが新しいカテゴリーを構築したのである。だが、英蘭大手のユニリーバが販売するピュアイットが開発された場所は、メキシコでもヨーロッパでもなかった。革新的な4段階の殺菌技術を採用しキッチンに置けるこの浄水器は、2005年初頭に同社の研究開発チームがインドのチェンナイで最初に開発・商品化したものだった。ピュアイットはインドで大ヒット商品となり、ゴールデンピーコック賞を受賞し、ユネスコ発行の『ウォーターダイジェスト』誌でも絶賛された。現在、ユニリーバは〈ピュアイット〉シリーズの製品を、インドのほか、ブラジルとインドネシア、ナイジェリアで販売している。

 同様に、カリフォルニアに本社を置くシスコ・システムズも、インドのバンガロールにあるシスコ・イーストで「スマート+コネクテッド コミュニティ」と呼ばれるまったく新しいグローバル事業部門をスタートさせた。このスマートビル用ルーターは、バンガロールの同チームが当初インド市場向けに開発した最初の製品だが、現在は世界各国で販売されている。シスコ・イーストの最高責任者を5年間務めたウィム・エルフリンクは、『エコノミックタイムズ・オブ・インディア』紙で次のように述べている。「アイデアとコンセプトは当社のバンガロールセンターで生まれています。でも、我々はインドでインド向けの仕事をしているわけではなく、アジア太平洋地域と米国向けに活動しているのです。これは3年前には予想もできなかったことです」。

 日本のパナソニックは、熱帯の気候に対応し、気化冷却装置の強風に慣れている顧客のニーズに応える空調機の設計をインドで行っている。パナソニックのインド人技術者らは現在、熱帯にある他の新興国向けの製品開発も行っている。さらに日本のヤマハは、二輪車を単なる娯楽ではなく、主要な移動手段として利用するインドに、本社で設計した製品の巨大市場を見出している。2012年、同社はインドで500ドルの二輪車を開発することを決定したが、インディア・ヤマハ・モーターの鈴木浩之社長によれば、これには新興国市場のニーズに対応するデザインが採用されるという。ドイツのコングロマリット企業シーメンスは、ヨーロッパとインドのゴアに分散する技術者の合同チームで革新的な医療用スキャナーの開発を行っている。同社のCEOペーター・レッシャーは次のように述べている。「たとえば、インドで生まれた良いアイデアや製品はグローバルな販売・製造システムに組み入れることができます」。

 ユニリーバやシスコ、パナソニック、ヤマハ、シーメンスの例は、低コスト国で生まれた革新的なアイデアを迅速な行動と組み合わせれば、富裕国の企業に莫大な利益をもたらす可能性を示すものといえるだろう。