ウェスタンユニオンがベルに対してこの返事をしてから、たった5年の間に電話機は全米に5万台普及し、20年後にはそれが500万台にまで普及する。同じ期間に、ベルが、ウェスタンユニオンに断られたために仕方なく自ら設立したAT&T社は、当のウェスタンユニオン社を追いぬいて、全米で最も大きな会社に成長することになった。

 繰り返すが、ベルから特許売却の打診を受けた当時のウェスタンユニオンは、全米でもっとも規模の大きい通信会社だった。その彼らが、「遠く離れている人と話すことを可能にする」という、感情に訴えかけるような極めてわかりやすい便益を提供するイノベーションの可能性を、理解できなかったのである。

 ここで「ネットワーク密度」がポイントになってくる。イノベーションがもたらすインパクトを正確に見越す事は非常に難しい。したがって、一人による単眼的な見方では、イノベーションの可能性を見過ごしてしまう可能性がある。もし図1左の様なネットワークの密度が低く、思いついたアイデアをただ一人の上司が評価するという組織の場合、この上司がNOを出したイノベーションの種はそれで葬り去られてしまう。一方、図1右の様なネットワーク密度が高く、部門を超えて同僚や管理職に働きかけられる組織では、直属上司が例えNGを出しても、他部門の誰かがそれを拾う可能性がある。

 例えば、有名な3M社のポストイットの開発では、商業的ポテンシャルに否定的だった直属上司は開発にストップをかけたものの、他部門の部門長がポストイットの可能性を見抜いて商品化しているし、花王のアタックは、やはり洗剤事業部の部長はNOを出したものの、当時の丸田芳郎社長がアタックの可能性にかけて、GOサインを出している。