技術力、知識、予算のどれも十分に持っていない――この逆境を利用して、ビジネスモデルの革新に成功した事例をゴビンダラジャンが紹介する。アウトソーシングは通信業界でもいまやありふれた戦略かもしれないが、それをはじめに新興国で、類を見ない規模で実践したのはインドのバーティだ。

 

 インド最大の通信サービス会社バーティ・エアテルが、コア機能を戦略的にアウトソーシングするという選択をするまでの経緯は、まさにおとぎ話である。

 ほとんどの通信会社が成長期に苦労するのは、ネットワークの要件に応じて計画を立て、そのような資本支出の予算を組むことである。キャパシティーを、必要とされる前に準備しなければならない。つまり、通信事業者は未使用のキャパシティーのコストを吸収しなければならないのである。

 だが、バーティ・グループのスニル・ミッタル会長の考えは違った。彼はバーティ・エアテルのコア能力を、顧客のニーズを理解してブランドを構築することだと考えたのである。当時の同社は技術力に乏しく、テクノロジーに関する理解も不十分だった。そこでミッタルをはじめ同社の経営陣は、通信・ITネットワークの構築と管理の責任を業者へ全面的に委託するという革命的なアイデアを思いついた。

「このアイデアを最初に提案したとき、役員のほぼ全員が開いた口がふさがらないといった感じで、我々の頭がおかしくなったと思ったようです」とミッタルは言う。

 中国やインドなどの新興国市場は顧客基盤が大きく、魅力的である。しかし、既存の製品やサービス、ビジネスモデルでは、費用対効果を維持しながらそうした顧客のニーズを満たすことはできない。既成概念にとらわれない発想で、既存の業務慣行の一部を捨て去ることが求められる。超低コストのビジネスモデルを提案できなければ、インドに通信革命を巻き起こすことはできないだろう。2000年代初頭にミッタルが掲げた目標は、郵便切手より低価格でポイント・ツー・ポイント(P2P)のモバイル通信サービスを提供することだった。

 バーティ・エアテルは、通信機器と通信サービスプロバイダの大手グローバル企業数社と契約して良質なサービスを提供する方法を選んだ。通信ネットワークの構築と管理をエリクソンとノキア、シーメンスに委託した。ITネットワークの構築と管理はIBMに委託した。こうしてリスクを軽減したのである。

 通信ネットワーク管理の委託業者には、機器の費用ではなく、バーティ・エアテルが使用したキャパシティーの分だけ料金が支払われた。バーティの革新的なビジネスモデルは、資本支出に占める固定費用を、キャパシティーの使用量とサービスからの収益に応じて変動する可変費用に変えた。このアウトソーシング戦略により、バーティは大幅なコスト削減を実現しながら、顧客に良質なサービスを提供することに成功している。これも各分野で世界クラスのコンピテンシーを持つ業者と提携しているおかげだ。

 通信インフラを変革することで、バーティはモバイル通信のプラットフォームを利用した新しい付加価値サービスを提供することができた。たとえば、同社の「ミュージック・バーティ」はインド最大の音楽配信会社に成長している。バーティ・エアテル自体は音楽制作を行わないが、呼び出し音やモバイルラジオ、楽曲のオンデマンド・サービスを通じて音楽を配信することで新たな収入源を生み出している。

 現在1億1000万人の加入者を擁するバーティ・エアテルは、単一国のモバイル通信会社として世界第3位の大企業に成長した。バーティの革新的な経営モデル「バーチャル・コーポレーション」を利用すれば、企業は膨大な顧客基盤を管理しながら費用対効果を維持して成長することができる。バーティ・エアテルは1分間当たり0.1~0.5ドルの料金でモバイル通信サービスを提供しているが、これはおそらく世界最安値だろう。破格の料金にもかかわらず、バーティは2003~2010年にかけて総売上高で120%、純利益で282%の年間成長を達成している。同時期に時価総額も着実に成長し、2010年4月30日現在で約250億ドルに達している。

 現在、バーティ・エアテルの革新的なビジネスモデルは、インド国内のみならず、他の新興国や先進国でも通信業界の標準となっている。同社は、貧困国でイノベーションが生まれるリバース・イノベーションの好例といえるだろう。

Reverse Innovation Success in the Telecom Sector,” HBR.org, May 12, 2010.