自動車のリバース・イノベーションといえば、タタの〈ナノ〉が有名だ。しかしそれ以前に、ヨーロッパの先進国における低価格車の成功例がある。今回は、ルーマニアの〈ダチア〉の事例をゴビンダラジャンが紹介する。
たとえばあなたがドイツ人で、新しいファミリーカーが必要になったとしよう。ただし、予算は9,400ドルしかない。どうすればいいか。公共交通機関を使い続けるか。中古車を買うか。それとも、ダチアの〈ロガン〉を新車で買うか。
ダチアはルーマニアの自動車メーカー。1999年にフランスのルノーが、東欧の新興国市場向けに低価格の乗用車を開発する目的で買収した。ロガンは広いトランクを持つ5人乗りの乗用車。2004年にルーマニアで発売された後、近隣諸国でも販売されている。ロガンのベーシックモデルは6,500ドルという低価格で、タタの〈ナノ〉が登場するずっと以前、自動車業界にセンセーションを巻き起こした。ダチアは現在、新興国と先進国の両市場でピックアップトラックとバン、ステーションワゴン、ミニSUVを販売している。ドイツでは、ダチアの自動車が9,400ドルから販売されており、2006~2009年にかけて販売台数は6,000台から85,000台に急増した。しかも、これは自国の自動車ブランドをいくつも持つドイツでの話だ。
低価格で自動車を販売するために、ルノーは厳密なコストに応じた設計(design-to-cost)のアプローチを採用している。ロガンは欧米の平均的な自動車に比べて部品数が少なく、低コスト国の労働集約的なアセンブリーラインで伝統的なスチールを使って製造されている。新興国市場の顧客ニーズに応えるため、この車には燃料フィルターと高めの車高、過酷な気象条件にも耐えられるバッテリーを採用している。メンテナンスも簡単で、初級のエンジニアでも行えるようにした。興味深いことに、ロガンの原案はフランスにあるルノーの研究開発本部で生まれた。製品開発の責任はルーマニアにある新しい研究開発施設へと徐々にシフトしていった。
ドイツでロガンを発売する際、ダチアは5つの原則を遵守した。これらは他社が新興国市場の製品を先進国市場に導入する際の参考にもなるはずだ。
1. 製品ではなく、プラットフォームの構築に重点を置く
グローバル市場で各地域に応じて、プラットフォームのレベルを上下させることができる。ドイツ市場の場合、ダチアは製品プラットフォームのレベルを高めて安全機能を充実させ、メタリック塗装など、エクステリアをより魅力的なものにした。こうすることで自動車メーカーは価格を引き上げ、利ざやを稼ぐことができる。
2. 顧客ターゲットを絞り込む
ダチアは顧客ターゲットを慎重に選んだ。中古車や低価格のアジア輸入車、ヨーロッパの小型車の代わりにロガンを購入する顧客を、主なターゲットに想定した。こうした顧客が重視するのは価格と広さ、信頼性である。ルノーは自動車の各カテゴリーでロガンのすぐれた空間・価格比をアピールした。また、保証制度と定期点検、顧客満足度調査によってロガンの高い信頼性をアピールした。
3. 新興国市場向けのプラットフォームは低コストだが、低品質であってはならない
ダチアのマーケティングは、品質と安全性を犠牲にすることなく低価格を実現していることをアピールしている。
4. ビジネスモデルのイノベーション が不可欠である
ロガンは単なる製品イノベーションではなく、ビジネスモデルのイノベーションでもある。ダチアは低コストでのマーケティング(テレビコマーシャルはやらない)を採用し、当初はルノーの既存のディーラー網を通じてロガンを販売した。
5. グローバル・ブランドが傷つかないようにする
ルノーはダチアを別ブランドとして売り出し、コア・ブランドに悪影響が及ばないようにした。
我々はいま、画期的なイノベーションが貧困国で生まれ、それが富裕国に導入される新しい時代に突入しつつあるのかもしれない。ロガンはそうしたリバース・イノベーションの好例といえる。