なぜ、成功は確実視されなかったのか――。誰もが知る成功ストーリー。しかし、マーケティングの成功事例のなかには、振り返ってみると、従前にはその成功が確実視されていなかったものが多くあります。こうしたマーケティング事例を対象とした共同研究から生まれたのが、「マーケティング・リフレーミング」という概念です。前回に引き続き、「なぜ、成功は予測しがたかったのか」を振り返ることで、ロジックを乗り越えるロジックを探っていくことにしましょう。
産業の制約
前回は、成功の予測を阻む要因として、立地する場所の問題を取り上げました。さらに立地には、「どのような産業に立地するか」という問題があります(詳細は、三品和広『経営戦略を問いなおす』ちくま新書)。
世の中には、自動車、家電、食品、ホテル、コンサルティングと、さまざまな産業や業種があります。どの産業に属しているかによって、事業の収益性が大きく異なる。これはマーケティング戦略の基本となる、広く見られる現象です。たとえば現在の日本では、売上高営業利益率やROIといった指標で高収益企業のランキングを作成すると、ネット系通信サービス業に属する企業がズラッと上位に並びます。
私たちの研究事例でいえば、「京都の花街」「はとバス」そして「RF1(ロックフィールド)」がこのタイプの逆風に挑んでいました。お座敷遊びや定期観光バス、そして惣菜店などは、以前は市場が縮小傾向にあったり、事業性が低いと見られていたりした産業や業種です。しかしこれらの企業や地域は、問題と思われがちな制度やプログラムを切り離すのではなく、逆にどのような顧客や用途に応えるときに、それらが本来の価値を発揮するかを見直すことで、新たな価値を引き出していっています。
スイートスポットが見いだせない
成功の予測を阻むもうひとつの要因は、いわゆる「スイートスポット」(買い手の購買意欲を引き出す急所)が、事前に見いだせないという問題です。事後になって、成功をおさめた事業やヒット商品を見れば、スイートスポットの所在は明らかです。しかし、企業や地域のマーケティングは、スイートスポットを事前に見いだすという課題に挑まなければなりません。
たとえば、多くの人たちが関心を寄せる社会問題であっても、個人の購買行動にはなかなか結びつかない、ということが少なくありません。飲酒によるトラブルや地球温暖化の防止などは、その典型ともいえる問題でしょう。画期的な新技術の開発に成功したとしても、そのことを直接的に訴えるだけではスイートスポットにはならない。こうしたことが繰り返されてきたのです。
私たちの研究事例でいえば、「キリンフリー」と「アタックNeo」(花王)がこのタイプの制約に挑んでいました。これらの企業は、自社のビールテイスト飲料や液体洗剤の新製品が、飲酒による事故や健康の問題の抑制や、節電・節水に貢献することをストレートに訴えることだけをもってよしとするのではなく、新しいマーケティング・リサーチの手法なども取り入れながら、顧客との対話をていねいに重ねることで、新製品のどの特性に対して顧客が具体的にどのようなシーンでどのような利点を見いだすかを探求していました。
さらに世の中には、使い道を見いだしにくいために、眠っている技術や素材も多くあります。このような問題の克服には、新技術や新素材の生活シーンにおける着地点を、企業や地域が新たに見いだしていくことが必要です。