今回は新興国の携帯電話業界で起こったイノベーションの、経緯と結果を振り返ってみよう。垂直統合か、水平分業か――製造業に依然突きつけられている、重大な問題だ。


 携帯電話業界は、勃興当初から革新性にあふれていた。そしてビジネスのルールを変える企業が定期的に現れては、業界に革命を起こしてきた。アップルは〈iPhone〉で、グーグルはオープンソースOSアンドロイドで業界に揺さぶりをかけた。そして台湾を本拠とする半導体企業のメディアテックも、同様の革命を起こした――ただし、新興国市場においてである。

 メディアテックについて述べる前に、まずは業界の背景をおさらいしておこう。2005年頃の携帯電話業界の主要プレーヤーは、以下の3部門であった。

・通信事業者(AT&T、ベライゾン、中国電信〈チャイナ・テレコム〉など)
・通信器機メーカー(ノキア、モトローラ、サムスン、LGEなど)
・チップセット供給企業(クアルコム、テキサス・インスツルメントなど)

 大手通信器機メーカーがチップ製造企業と提携して、携帯電話を開発する。完成品は通信事業者(キャリア)に卸され、彼らが顧客にどの製品を販売するかをコントロールする、というのが従来の携帯電話業界の構図である。

 しかし以降の5年間で、メディアテックは新興国市場に注力し、この構図を変えた。新興国市場における消費者の携帯電話所有率は、欧米に比べ大幅に低かった。従来のビジネスモデルでは、彼らに手が届く低価格でサービスを提供することができなかったからだ。

 そこでメディアテックの戦略担当者とエンジニアは、格段に安く携帯電話システムを開発する方法を見出した。まず、低価格のチップを開発した。次にそのチップを使った基板を開発し、ソフトウエアを組み込んだ。さらに、キャリアを通さずに器機を販売した(これは新興国でのグレーマーケット〈正規のルートを通さず非公式に安価で売買が行われる市場〉の台頭にもつながった)。最後に、ハードとソフトをセットにした組み立てキットを「既製部品」として小規模の携帯電話メーカーにOEM販売した。これらOEMメーカーのなかには、過去に携帯電話の製造経験を持たない会社もあった。

 その結果どうなったか。それまでキャリアと大手OEMメーカーに牛耳られていた携帯電話市場は、新たな製造業者を交えた激しい競争に晒されることになった。新規参入者のなかには、文字どおり自宅のガレージで製造するような零細業者も含まれる。メディアテックのチップセットを使って携帯電話を製造する業者の数は、中国国内だけでも数千にのぼる。メディアテック製の組み立てキットを基に、ユーザーインターフェースをカスタマイズし、独自のプラスチック製外装部品を取り付け、どのキャリアも通さずに直接中国のグレーマーケットに持ち込むのだ。彼らはまた、「山寨」と呼ばれるコピー商品の製造も行うようになった。たとえばiPhoneとそっくりの山寨機が、本物よりずっと安く売られている。

 メディアテックの成功要因は、以下の4つである。

・コスト削減

 中国やインドのような国では、消費者が技術イノベーションへの支出をいとわないのは、所得に見合う価格で提供された場合のみである。このことを同社は理解していた。

・規模の経済の実現

 経験不足の新規OEM業者による消費者への直接販売を認めることで、パートナーたちとのエコシステムを構築した。この水平分散型の販売モデルが、市場の爆発的な成長につながった。

・開発期間の短縮化

 携帯電話の組み立てキットを既製部品として提供することで、それまでOEM業者が必要としていた6~9カ月の製造期間を1~2カ月に短縮した。

・選択肢の拡大

 製造期間の短縮化によって、OEM業者は豊富な品揃えを提供でき、消費者の選択肢を増やした。

 メディアテック製組み立てキットは大々的な成功を遂げ、多くの大手OEMメーカーと複数のチップセット供給企業(その多くは欧米企業)は、大規模な新興国市場で同社のビジネスモデルを模倣しようとしている。

※原注:本ブログはダートマス大学タック経営大学院の1回生、シャーマ・ナイティンとの共著である。


HBR.ORG原文:MediaTek's Breakthrough Innovation September 13, 2010