リバース・イノベーションの可能性が最も大きい分野のひとつは、医療だろう。差し迫ったニーズが多く存在するからだ。今回は、遠隔医療というイノベーションが実現された経緯とインパクトを紹介する。
2010年3月に米国議会で可決された医療保険制度改革法案には、医療関連のIT事業への250億ドルの投資が含まれている。ITの整備によって、複雑で分断された現在の医療制度を体系化し効率化を図るのが狙いだ。
そのためのアイデアを、どこに求めればよいだろうか。意外かもしれないが、貧困国である。新興国では差し迫るニーズに駆られ、ITを利用して医療サービスを向上させる新たな手段が急ピッチで開発されている。
「ITと医療」と聞けば、真っ先に電子カルテを思い浮かべる人も多いだろう。それもたしかに重要だが、ITはデジタルによる記録管理よりもっと破壊的なイノベーションをもたらすことができ、コスト削減と医療改善を実現する潜在能力をもっている。そうしたイノベーションを探るうえで、開発途上国は格好の舞台なのだ。
例を挙げよう。盲目患者の数が最も多いことで悪名高いインドでは、眼科医の数は市民10万人に対して1人しかいない。需要に見合うように専門医の数を増やすことは、すぐにはできないだろう。したがって誰かが他の方法を考え出す必要がある。そして実際に考え出された。
この事例を掘り下げる前に、どんな方法であれば解決に結びつくのかを考えてみよう。一部の技術者は、インドで医療が十分に、あるいはまったく提供されていない地域において、遠隔医療をイノベーションの原動力として推進している。これは以下のような理由から、地理的制約を受けずに質のよい医療を提供する手段となる。
①世界の最も辺境な地域にも、モバイル・ネットワークとブロードバンドが普及してきた。携帯電話の所有は必ずしも医療へのアクセスを保証するものではないが、辺境地における電波塔の急激な増加によって、ワイヤレスで診療データや画像の送受信ができるようになってきている。インドでは、携帯電話の加入者数はおよそ5億人に達し、その後も伸び続けている。
②省電力で携帯可能な医療用モニター器機が、次々と開発されている。なかにはワイヤレス送受信機能が内蔵されているものもある。こうした器機は遠隔医療で中心的な役割を果たす。最近GEが発売した超音波診断装置〈Vscan〉は、なんとポケットサイズであり、多くのスマートフォンに用いられているのと同じ構造のチップが使用されている。
③大型病院では通常、PACS(画像保存通信システム)を利用してデータや画像の共有・保存を行う。これまでは院内でのイントラネット(LAN)が中心であったが、最近になって、外部の病院間とネットワークを構築してやり取りできるtelePACSへの移行が増えている。これにより専門医どうしの協働が時間・場所を問わず可能となっている。遠隔医療では担当医によるデータ・画像へのオンラインでのアクセスが必要となる。
④遠隔医療の活用によって、既存の資源で医療の生産性を上げることが可能となるため、コストが下がり患者と医者の双方にとって利益となる。診療、検査、経過観察のための旅費を両者が削減できることが、最大のメリットだ――インドの場合、地方に住む患者にとって1回の旅費が日給と同じである場合もある。