「その日は玄関でわかった」と女性社員は言います。母親は彼女に声をかけ、抱きしめてくれます。そして「今日は何をしていたの?」といった、たわいのない会話が始まります。これが彼女は嬉しかったのです。
小さな家庭の日常の一コマです。しかしこのエピソードは、惣菜のひとつの重要な価値を語っています。手作りの愛情のこもった料理もいいのですが、そのために大切な会話の時間が失われてしまってはいないでしょうか。惣菜を買うことで、貴重な家族の時間を手にする。そんな生活のあり方があってもよいことに気づかされます。
手段-目的の連鎖で考え抜く
視点が変わると、価値が生まれます。惣菜を買うということには、さまざまな意味や価値があります。最後に近視眼的な認識から抜けだし、潜在する多様な市場の可能性を見いだす上で有用なひとつの思考ツールを紹介しておきましょう。
製品やサービスの使い手は、それらを何らかの目的を実現するための手段として用います。この手段と目的のつながりは、はしごを登るように次々と上位の目的へ遡っていくことができます。消費者行動論では、この手段と目的の多層的なつながりを「手段-目的の連鎖」と呼びます。
(図1)は、「ジレット」のカミソリ「センサーレイザー」の手段-目的の連鎖の例示です。使用者がセンサーレイザーを選択する理由を考えてみましょう。たとえば属性の次元で考えると、「回転2枚刃のスプリング機構」といった製品特性が見いだせます。ここで止まってしまうと、近視眼になりますが、手段-目的の連鎖を意識していると、さらに「なぜ、回転2枚刃のスプリング機構が選択されるのか」を考えることができます。すると、機能的結果の次元で「肌への密着」といった理由があることが見いだせます。続けて「肌への密着」を選択する目的を考えていくことで、社会心理的結果、そして価値の次元でのセンサーレイザーの有用性が見えてきます。

手段-目的の連鎖は、1つの正解に限定されるわけではありません。(図1)に示した以外にも、多様なセンサーレイザーの手段-目的の連鎖があるはずです。
以上のような手段-目的の連鎖の多様なあり方をとらえることで、企業のマーケティング担当者や地域のリーダーは、自らの事業を、製品やその属性のみに依拠して構想する近視眼から抜け出すことができます。たとえば、センサーレイザーは市場で、「回転2枚刃のスプリング機構」をもった製品として、他のシェイバーと競争関係にあるだけではなく、「リラックスしたストレスのない」生活という価値を実現するブランドとして、他の家庭用品ブランドとも競争関係にあるのかもしれません。手段-目的の連鎖をとらえることで、私たちは、このような視界の柔軟さを獲得できるのです。
あるいは、手段-目的の連鎖のもとでとらえた多様な事項(属性、機能的結果、社会心理的結果、そして価値)は、プロモーションにおける製品訴求のアイデア・バンクとして用いることもできます。手段-目的の連鎖を行き来することで、より広い視野のもとで、多様なプロモーションのアイデアを見いだすことができるようになります。