新興国市場は、チャンスが大きい分リスクも高い。商習慣の違いや法体制の不備などがある。では、大手企業のように経験と資金を豊富に持たない新興企業にとって、新興国への進出は難しいのだろうか? ゴビンダラジャンはこれを否定し、新興企業が新興国を最初の参入先に選ぶことのメリットを説く。


 新興企業は、まず豊かな国で製品を売り出すのが一般的だ。先に新興国市場で販売を始めることは、ビジネスリスクや規制と政治のリスクを考えると成功が難しいとされる。しかし今、この状況は変わり始めている。プライスウォーターハウスクーパースは最近、海外における承認の早さを背景に、米国市場への参入を一番後回しにしようとする新興企業の事例を報告した(関連資料はこちら)。

 ボストンにある新興非営利組織、ダイアグノスティックス・フォー・オールの例を見てみよう。この組織は、切手サイズの紙を使った診断検査の手法を開発している。紙の上に配置された小さな穴には、血液、尿、唾液、汗のサンプルに反応する化学薬品が含まれており、サンプルをたらすと紙の色が変化し診断結果を示す。

 これは革命的な技術である。この検査紙はわずか数セントで製造でき、すぐに検査結果が出る。これとは対照的に、多国籍企業が販売する既存の診断機器の場合は、診断の単価が20ドル、機器本体は3万ドルであり、研修を受けた技術者が必要で、結果が出るまでに3時間かかる。豊かな国でさえ、地域病院や地方のクリニックにはまかなえない。

 先進国と途上国の双方に差し迫った市場ニーズがあるにもかかわらず、ダイアグノスティックス・フォー・オールは、まず途上国向けの製品、特にHIV/AIDSの薬物治療による肝機能障害を検査する製品を開発することを選んだ。この決定は2つのメリットをもたらした。

概念実証の迅速化
 新興国市場の医療機関は、大型で中央制御を要する診断機器を買う余裕がないので、医師が製品を採用するスピードがずっと速い。これにより、概念実証(プルーフ・オブ・コンセプト)が大規模に行われていく。また、新興国市場に製品を投入すれば、縄張りを必死に守ろうとする数十億ドル規模の既存企業のレーダーに引っかからずにすむ。

並外れた要求に応えるプロトタイピング
 新興国市場向けに開発される診断機器は、丈夫で、耐消耗性があり、操作しやすく、耐熱性を有していなければならない。医療機器の性能に関する不文律は、米国食品医薬品局(FDA)のガイドラインよりも基準が高いかもしれない。ダイアグノスティックス・フォー・オールのように新興国市場のユーザーの並外れたニーズに取り組む新興企業は、従来とは異なる画期的な手法を考え出す可能性が高い。その過程で、技術的な基盤と市場での足場を固めるまで、費用と時間がかかる米国での臨床試験を先送りしている。

 皮肉なことに、新興国市場向けの開発に対する企業のためらいは、新興企業に市場シェア獲得を可能にする相対的優位性を与えているのだ。クラロDxは、HIV、梅毒、肝炎などを発見するためのiPhoneサイズの次世代電池式診断機器を開発した。同社の旧式の診断機器は、米国を中心に前立腺癌の再発の臨床試験で使われているが、デスクトップ・コンピュータの大きさである。

 新興企業は、リバース・イノベーションの恩恵が得られる。読者の皆さんは、新興国市場を先に、という戦略が適用できる新興企業の事例に心当たりがあるだろうか。


HBR.ORG原文:Should You Launch in Emerging Markets First? August 22, 2011