最も影響力のある経営思想家「Thinkers50」第2位、W.チャン・キムとレネ・モボルニュの名著『ブルー・オーシャン戦略』の第1章を抜粋・紹介する本シリーズ(全5回)。第4回は、ブルー・オーシャン戦略の土台を成す「バリュー・イノベーション」の定義についての項を紹介する。
バリュー・イノベーション:ブルー・オーシャン戦略の土台
ブルー・オーシャンを切り開こうとして成功する企業と失敗する企業。この両者を分けるのは、いつでも戦略へのアプローチである。レッド・オーシャンから抜け出せない企業は、旧来のアプローチに頼って、既存業界の枠組みの中で確かな地位を築くことで、競合他社に打ち勝とうとする(16)。ところが意外にも、ブルー・オーシャンを切り開いた企業は、競合他社とのベンチマーキングを行わず(17)、その代わりに従来とは異なる戦略ロジックに従っていた。ここではそれをバリュー・イノベーション(value innovation)と呼ぶ。このバリュー・イノベーションこそ、ブルー・オーシャン戦略の土台をなしている。「バリュー・イノベーション」という呼称を用いたのは、ライバル企業を打ち負かそうとするのではなく、むしろ、買い手や自社にとっての価値を大幅に高め、競争のない未知の市場空間を開拓することによって、競争を無意味にするからだ。
バリュー・イノベーションにおいては、価値と革新が等しく重んじられる。イノベーションをともなわずに価値だけを高めようとしても、どこか中途半端で、それだけでは市場で抜きん出るまでにはいたらない(18)。他方、価値を重視せずにイノベーションだけを実現すると、技術主導で市場のパイオニアにはなれるかもしれないが、あるいは時代を先取りできるかもしれないが、それが行きすぎて、えてして買い手には受け入れられない(19)。このような理由から、バリュー・イノベーションは、技術イノベーションや市場の先取りとは区別して考えるのが重要だろう。筆者たちの研究からわかったのは、ブルー・オーシャンを生み出せるかどうかを分けるのは、最先端のテクノロジーでも、「市場参入のタイミング」でもない、ということである。これらが意味を持つ場合もあるが、むしろ逆の場合のほうが多い。バリュー・イノベーションとは、イノベーションと実用性、価格、コストなどの調和がとれてはじめて実現するのだ。かりにイノベーションと価値を結びつけられなかった場合、技術イノベーターや市場パイオニアは往々にして、自分たちで卵を産み落としながら、他社にそれを孵化される、という運命をたどりかねない。
バリュー・イノベーションは、戦略について思いをめぐらせ実行するための、新しい方法だといえる。この方法を用いるとブルー・オーシャンを切り開き、競争から抜け出せる。さらに重要な点として、バリュー・イノベーションを成し遂げれば、「価値とコストはトレードオフの関係にある」という、競争を前提とした戦略論の常識から解き放たれる(20)。これまでは、価値を高めるためにはコスト増を覚悟しなくてはならず、コストを低く保とうとすれば価値の面で妥協をせざるをえない、との考え方が一般的だった。このような考えのもとでは、差別化と低コストのどちらをとるかを決めるのが戦略だと受けとめられる(21)。これとは対照的に、ブルー・オーシャンの創造をめざす企業は、差別化と低コストを同時に実現しようとする。