誤解2:選ばれた少数の人々だけが、企業のイノベーションを推進するべきである
イノベーションは研究所の中で、白衣を着た研究者たちによって行われるものだ――こう考える人は多い。だが、インパクトのあるこれまでとは何か違ったことを考えるのは、社内の「全員」でなくてはならない。イノベーションのあり方は当然、一様ではない。ウォール・ストリート・ジャーナル紙の記事では、イノサイト創設者のクレイトン・クリステンセンが奨励するイノベーションの3つのカテゴリーを紹介している。効率的イノベーション(同じことをより早く、あるいはより安く行う)、持続的イノベーション(現在のソリューションを改善する)、破壊的イノベーション(複雑なソリューションを、簡単で入手しやすく安価なものに転換する)である。また、イノベーションのさまざまな「手段」を考えることも有効だ。これには新たな業務プロセスの導入や、ビジネスモデルの統合などが含まれる。
誤解3:イノベーションとはつまり「ビッグバン」である
アップルにあこがれる企業は、(たとえ模倣が不可能であっても)iPod、iPhone、iPadのような数十億ドル規模のプラットフォーム事業を創造することが必要だ、と言う。こうしたビッグバンを追求すると、リスクが大きすぎて承認される見込みの薄いアイデアにつながる。評価の対象となるのは、ビジョンの壮大さではなく、販売予測の正確さでもなく、難易度の高さでもない。インパクトである。真のビッグバンをもたらすイノベーションなど稀なものだ。そして、私の友人でありイノサイト研究員でもあるピーター・シムズが言うように、何か大きなことをするための最良の方法は、小さく始めることである。アップルは偉大だが、その能力の少なくとも一部は、イノベーションの取り組みに対する執拗さに起因している。
多くの人がイノベーションをセクシーで謎めいたものと考える。経営者にとっては、不振にあえぐ組織に対する鎮痛剤の役目を果たすように思えるかもしれない。たしかにイノベーションは活力をもたらし、適切に管理されれば世界を変えるインパクトを生み出すことができる。だがイノベーションとは規律であり、習得・管理されるべきものだ。これは容易にできることではなく、習熟するにはかなりの訓練が必要だ。時間、人材、そしてもちろん資金を費やして取り組みを継続していかなければならない。それをせずに「さあ、イノベーションの時が来た」と言うだけでは、社内ですぐに冷ややかな空気が蔓延するだろう。
偏見を恐れず言おう――イノベーションの潮流は、まだ初期の発展段階にあると私は考えている。イノベーションという用語は100年前からあるが、学術的な研究が始まったのはたかだか40年ほど前である。この20年にわたる実践者たちの体系的な取り組みによって、イノベーションに有効なプラクティスとそうでないものが次第に明らかになってきた。今後ごく少数の企業が、体系的で統合されたイノベーションのエコシステムをつくり上げ、競合企業に大きく差をつけることが予想される。ビジネスリーダーにとってイノベーションはいまも将来も、業務の卓越性や戦略と同じように重要な経営課題である。陳腐化などとは、ほど遠い。
HBR.ORG原文:Innovation Is a Discipline, Not a Cliché May 30, 2012

スコット・アンソニー(Scott Anthony)
イノサイト マネージング・ディレクター
ダートマス大学の経営学博士・ハーバード・ビジネススクールの経営学修士。主な著書に『明日は誰のものか』(クリステンセンらとの共著)、『イノベーションの解 実践編』(共著)などがある。