岸:まだまだ不安定な部門だとは思いますが、今年に関して言えば、ブランデッド・コンテントでは、「ストーリー」が最も重要、それを評価しようという流れで審査が行われました。審査員長のScottも頻繁に”Story led marketing”と言う言葉を頻繁に使っていました。
木村:へえ、ブランデッド・コンテントの定義はストーリーなんですか。フィルムやサイバーみたいなメディアで定義する部門じゃないんですね。「ストーリーテリング」という言葉はここ数年の広告業界のキーワードですし。もう少し詳しく教えてください。
岸:ストーリーを「物語」と翻訳してしまうと少しわかりにくいので、ここでは「文脈」と翻訳して考えてみてください。たとえば、「彼は彼女に10万円のプレゼントを贈った」という例を考えてみましょう。実はこのセンテンスのみでは、これをどう捉えていいのか判断できません。ですからこのセンテンスにひとつ文脈を加えてみます。「年収2000万円の彼は、彼女に10万円のプレゼントを贈った」。どうでしょう、この男、あまりいい男には思えなくないですか?もしかしたら少しせこい男かもしれません(笑)。では次に「時給650円の彼は、彼女に10万円のプレゼントを贈った」と文脈をくわえてみます。急に熱い話になります。彼は相当彼女を愛しているんだなぁと思えます。この例はあまりにも単純で、あたり前の話ですが、これがストーリー、つまり文脈の力です。ストーリーの付け方一つで、受け取り方、そこから得られる価値というのは実に大きく変わるわけです。
木村:なるほど。「10万円のプレゼント」という同じファクトでも、その男のストーリー次第で価値がこんなに大きく変わるというお話ですね。
岸:日本の経済が成長段階にあった時代、商品には明確な機能差がありました。僕はこれをファンクションの時代と認識しています。つまり、この時代は商品の機能差で人が動いていたわけです。ですから当然我々も、その機能差を伝えることに終始していたわけです。いわゆるUSP(Unique Selling Proposition)というやつです。ですから当然それを伝える仕事、広告が大きく課題解決に貢献したわけです。
しかし近年、商品、サービスはある意味飽和段階に入ったと言えます。よく言えばどの商品でも大きな失敗がない。素晴らしい、豊かな時代です。悪く言えば大きな差がなく、どれでもそんなに変わらない時代だと言えます。当然この時代にUSPは機能しにくくなるわけです。正確には差があったとしても、それが人を動かすに至らない程度の差になってしまっているわけです。ファンクションが有効でなくなった今、人は何で動くのか?その鍵が、商品や事業、企業自体が紡ぐストーリーになると思っているわけです。そう、エモーションの時代です。