木村:昔からあるブランド論に出てくるブランド・ストーリーとどう違うのですか?
岸:鋭いご質問ですね。少し専門的な話になりますが、これまでブランド・ストーリーと呼ばれてきたものの多くは、ブランドサイドから一方的に発信されるものでした。つまり企業が伝えたいことを、より鮮やかに伝えるためのイメージの塊です。一方、いまお話しているストーリーとはユーザーサイドから生まれます。生活者の中にある普遍性や想いを、ブランドが顕在化したり、叶えたりするわけです。そういう意味で最近「ストーリーテリング」という言葉がよく誤解されて使われているのを目にします。ブランドの持っているファンクションを物語にして発信しようという意味ではありません。ブランドに接する人の気持ちを物語として紡いでいく行為がストーリーテリングなんです。ファンクションだけでは人が動かない時代だからこそ、ブランドの価値を作るのはメーカーでなく生活者、つまりエモーションであるわけです。
木村:確かに、ちょっと前のブランド論は、ブランドエクイティ、つまりブランド側から見た長期的な無形資産として語られていましたね。認知とか理解とか。だからブランド・ストーリーというものも、極端にいうとブランドステートメントの延長線という感じでとらえられていたような気がします。
岸:もしかしたら、今こそ本当の意味でのブランドということが理解されるべき時なんじゃないでしょうか。ブランドには、「みんなに認識されている」という意味と、「みんなに愛されている」というふたつがあるとすると、前者はパワーと刺激でできるけど、後者はストーリーがないとできない。これからはみんなに愛される、あるいは応援されることがブランドにとって大事なことなんだと思います。
The Beauty Inside
木村:ブランデッド・コンテント部門のグランプリは、インテルと東芝の「The Beauty Inside」でした。このキャンペーンはどんなストーリーが評価されたのですか?
岸:毎日容姿が変わってしまう不思議な運命の男が、ある日ある女を好きになってしまった。外面は変われど、変わらない内面の愛をどのようにその女性に理解してもらうか。そんな一途の愛のストーリーがネットムービーで展開していくキャンペーンです。毎日容姿が変わってしまう男性役を、一般の生活者の投稿映像で紡いでいく仕組みです。
木村:たとえ外側からは見えなくても、たとえ外面が様々な製品になっても、インテルプロセッサーは変わらぬパフォーマンスを発揮し続けるのである、というIntel Insideのブランドの思想を、生活者の投稿ストーリーで顕在化するキャンペーンというわけですね。
岸:「Dumb Ways to Die」をはじめ、「The Beauty Inside」以上にインパクトがあったり、また映像として美しい作品はいくつかありました。でも「The Beauty Inside」以上に、ストーリーによって、ユーザーを巻き込み、ブランドを効果的かつ鮮やかに見せたキャンペーンは他になく、結果的にこれをグランプリにしました。