だが彼は、チームとともに深く現状を見つめて考えた。映画祭にとって重要なのは誰か。その人たちは何を求めているのか。観客はよい映画を見たいと思い、またブラッド・ピットをひと目見られたら喜ぶだろう。スターは出演している映画がメディアの注目を集めたら嬉しい。スポンサーは露出を求め、観客にリーチしたがっている。メディアは報道できるネタが欲しい。そして、映画業界は金銭的なインセンティブを求めている――これが映画祭に出席する本当の理由だ。

 このインセンティブに関して、ハンドリングは他の映画祭が見逃している状況を活用する方法を見出した。映画業界がカンヌ映画祭に出席するのは、パルムドール賞(最高賞)が大きな話題となるからだ。だが、この賞は究極的にはあまり価値がない。過去5年間に同賞を受賞した「ある子供」「麦の穂をゆらす風」などの作品は、興行収入が全世界で平均わずか1650万ドルだ。これは受賞作品が業界内部の少数の人々によって選ばれており、彼らは作品の商業的成功を予測できるわけではないからだ。しかし、トロントにはカンヌやサンダンスにはない強みがある。それは映画を愛する地元の大きなコミュニティだ。彼らは他の北米の映画ファンと非常によく似ている(お金の使い方も似ている)。

 ハンドリングは、こうしたトロントと他の世界市場の共通点を活用して、業界に金銭的インセンティブを、メディアにはニュースのネタを、スターには報道される機会を提供しようと考えた。だが、実際どうすればいいのか。

 解決策はピープルズ・チョイス賞だった。この賞は以前から設けられていたが、中心には据えられていなかった。ハンドリングは、ピープルズ・チョイス賞こそが、市場で何が本当に売れるかをプロデューサーや配給会社に示すシグナルになると考えた。同賞を映画祭の最大の呼び物とすれば、メディアに提供するニュースもできるしスターも呼ぶことができる。

 彼の考えは正しかった。ピープルズ・チョイス賞は、世界でも認められる栄誉ある賞となった。「スラムドッグ・ミリオネア」や「プレシャス」など過去5年間の受賞作品は興行収入の平均が1億300万ドルにのぼり、多数のアカデミー賞にもノミネートされたからだ(注 :本稿執筆の2010年現在。また2010年には「英国王のスピーチ」、2012年には「世界にひとつのプレイブック」が受賞)。

 トロントで評価されれば、それはもっと広い映画市場での成功を予告するものとなる、そうハンドリングは気づいた。だから、彼は包括的モデルの最大の強み――多数の熱心な観客――を認識し、それが排他的モデルの最大の強み――話題性(およびそれを通じた業界の熱意)――をもたらすと気づくことができた。

 トロント国際映画祭の発展がまさに示すように、相反する2つのモデルを深く掘り下げ、両者を統合する方法をよく考えて戦略的に探せば、得るものがある。2つのモデルを洞察や分析なしに混ぜ合わせてはならない。ハンドリングが使ったテクニックを次回の記事でさらに詳しく説明しよう。


HBR.ORG原文:A Smart Example of an Integrative Strategy December 10, 2010

ロジャー L. マーティン(Roger Martin)
トロント大学 ロットマン・スクール・オブ・マネジメント
学長。
著書に『インテグレ―ティブ・シンキング』などがある。