また、『コード・ブルー』(医学評論社)などのアトゥール・ガワンデの著作は、医学と医師としての自身の経験を情熱的かつ冷静に描き、私の医学に対する考え方を変えた。歴史家のジョン・スティルゴーの著作は現代建築に対する考え方を、大学院生のときに読んだ認知科学者のドナルド・A・ノーマンの独創性に富んだ著作は、技術や機能についての考え方を変えてくれた。
彼らはみな、研究対象の学問に人間らしさを加えて生き生きと描きながらも、そのレベルを落としてはいない。自分の研究分野を、より大きな織物の小さな一部分とみなしている。あてどなく歩いているように見えるが、それは核心に迫る手段にすぎない。知識をひけらかさず、物事は真実であると同時に偽りでもあることをよくわきまえている。
そして、専門分野の問題点を綴りながらも、そこにとどまってはいない。私は常々、批判をシニシズムに変えない方法は、そこで終止符を打つのではなく、そこから出発することだと考えている。彼らは砂の中から砂金を懸命に探し、みつけたものに光を当て、賞賛し、そこから学ぶよう私たちを促す。学問が対話であるならば、馴染みの薄い言語を大胆に駆使し、予想もしなかった刺激的な方向に対話を導く彼らこそ、座談の名手だと思う。
* * *
マーケティングは、私たちが消費するものだけではなく、欲し、愛し、憎むもののためにリズムを生み出している。こうした現状は、直線的思考では理解できない。したがって、本書は矛盾に満ちている。並列もあれば、寄り道もある。
私は学生たちに、マーケティングは企業の機能の中で唯一、ビジネスと人が出会う場として企図された機能だと教えている。生身の人間は、世界をビジネスパーソンと同じようには見ていない。箇条書きで語りはしないし、世界をフローチャートでとらえることもない。世界をもっと有機的に見る。独特で予測不可能な存在であり、見事なまでに支離滅裂だ。
同じように本書も有機的で親しみやすいが、一風変わっていて、少しばかり無秩序でもある。私の中ではそれでOKなのだ。演繹的に論じようとは考えていない。ビジネスも人生同様、思いもよらぬところから啓示を得られることがある。
最後に、私がこれまでに学生からもらった言葉の中で1番うれしかったものを紹介したい。
「先生のクラスは、他のクラスとはまったく違って人間味あふれるものでした。ビジネスの授業でありながら、私たちは、私たち自身について学ぶことができました」
そう、本書もビジネス書を装ってはいるが、私たち自身についての本である。
(第2回に続く)
DIFFERENT by Youngme Moon
Copyright (C) 2010 by Youngme Moon
Japanese translation rights arranged with The Sagalyn Literary Agency through Japan UNI Agency, Inc., Tokyo
【書籍のご案内】
『ビジネスで一番、大切なこと――消費者のこころを学ぶ授業』
彼女の授業は なぜ、それほど熱く支持されるのか? 「競争戦略論」マイケル・ポーター、「イノベーションのジレンマ」クリステンセンと並び、ハーバード・ビジネススクールで絶大な人気を誇る、いま、最も注目される女性経営学者、初の著書!
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【目次】
はじめに
序 棚に並ぶシリアルは、どれも同じに見える
Part 1
第1部 私たちが陥っている「競争」の正体
自覚はなくても、同じ方向を目指している
よくしようという努力が、感覚を麻痺させる
選ぶだけで大変すぎて、愛着どころではない
競争の群れから脱け出すには
Part 2
第2部 私たちの目を奪うアイデア・ブランド
世の流れの逆を行く「リバース・ブランド」
既存の分類を書き換える「ブレークアウェー・ブランド」
好感度に背を向ける「ホスタイル・ブランド」
ひと目でわかる違いを出せるか
Part 3
第3部 私たちは、人間らしさに立ち返る
生まれたてのアイデアには、呼吸する時間が必要
私たちは、もっとうまくやれる
ブランド図鑑
感謝をこめて