ただし、その可能性を実現するためには、自らの成功体験を捨て、本業における革新を追い求め続けなければなりません。もちろん、すべてを否定してしまっては、何の勝ち目もありません。次世代の成長に向けて、自社のDNAのどの部分を残し、どの部分を捨てるかが課題になります。さらに言うなら、変革する要素が自社のDNAの中にあるかどうかが問われます。その場合にも、まずは自社のDNAを十分知り尽くすことが出発点となります。
本業の中で培われたDNAは、隣接する別の事業でも、その強みを十分発揮するものです。たとえば、求人情報誌で「情報の送り手と受け手の間の情報ギャップを埋める」というDNAを培養したリクルートは、このDNAをベースに、住宅、クルマ、結婚などといった他の情報誌、そして町の情報や社会情報をテーマにしたフリーペーパーへと、次々に新しい情報市場を創造していきました。
企業が、新規事業を起こす場合に、本業からの「飛び地」では、成功する確率はベンチャー企業よりはるかに低いものです。本業のDNAの免疫力がブレーキとなり、スピードもスケールも稼げないからです。成功の確率を上げるためには、本業と共通性の高い領域に新規事業を仕掛ける必要があります。これを本書では「拡業」と呼んでいます。その場合にも、まずは自社の本業におけるDNAを掘り下げ、覚醒させることが第一歩となります。
欧米の経営論によれば、収益に貢献しない資産は早めに売り飛ばして、そのキャッシュで将来性の高い資産を他社から買収することが定石です。しかしいくら大胆な資産の入れ替えを迫っても、そのような決断力と実行力を持った経営者は、残念ながら日本にはまれです。これでは日本の企業にそのまま導入しようにも、まさに絵に描いた餅になります。ないものねだりをしてもしょうがない。だとすると、欧米流の経営論を振りかざすのではなく、日本に通用するやり方で限界を突破していくしかない。そのためには、自社の本質的な強みを増幅し、ずらしていくことが、回り道のようで実は近道であり、かつ、筆者の知るところ、成功に至る唯一の道です。 外資系コンサルタントとして20年近く仕事をする中で、日本企業に欧米流の「あるべき」経営論を説き、ベストプラクティスをご紹介する場面が数え切れないほどありました。しかしそのたびに、それだけでは日本企業が強くならないことも痛感させられてきました。
そこで筆者は、欧米流の教科書的な方法論を参考にしながらも、日本企業の体質に合ったやり方を、クライアントといっしょになってじっくり生み出していくことを選びました。筆者がお手伝いさせていただいた企業の多くは、まさに自社のDNAを基軸に、試行錯誤をしながらも、自社ならではの「スマート・リーン」経営に磨きをかけておられます。
「グローバル・スタンダード」という奇妙な経営用語が使われ出してから、日本企業が自信をなくしてしまったように思えてなりません。「日本発グローバル」―――そろそろ、日本企業として元気の出る経営に切り替えようではありませんか。そのような志を持たれた企業の方々にとって、本書が少しでもお役に立てれば幸いです。
(つづく)
【書籍のご案内】
学習優位の経営――日本企業はなぜ内部から変われるのか
市場でのポジショニングを重視する欧米型の戦略論は果たして日本企業にも有効なのか。外資系コンサルティング・ファームに勤める著者は、本業を重視する日本企業ならではの戦略があるはずだと説く。それは事業から学ぶ仕組みを作ること。トヨタ、ユニクロ、セブンイレブンなど豊富な事例と共に、学習型戦略論を提起する。
46判上製、344頁、定価(本体2000円+税)
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目次
はじめに
序章 今、なぜ成長か
「二兎追い」戦略の限界?/非デジタル思考による限界突破/なぜユニクロが強いのか/トヨタは蘇るか/答えは自らが握っている/足腰を鍛え、跳躍せよ/本書の構成
第1章 スマート・リーンが拓く次世代成長
ポーターモデルの限界/イノベーションのジレンマ/スマート・リーンによる限界突破/任天堂の成功パターン/セブン-イレブンの業態革命/トヨタの原点/ノキアのインド攻略/独走するiPod/アップル復活の真相/日本企業復権の切り札
第2章 資産構造を組み替える
日本企業の三重苦/非日常(ハレ)から日常(ケ)へ/分解から再編集へ/非デジタルな資産の組み替え/資産の三層構造/三つの顔を持つ任天堂/ユニクロのバーチャルカンパニー/答えは足元にある
第3章 スマート・リーン経営のダイナミズム
「鏡の国」の競争原理/「新化」と「深化」/進化の二重構造/「深化」するコンビニ/隣へのずらしによる「伸化」/リクルートの拡業パターン/進化のメビウス/ユニクロの飽くなき挑戦
第4章 成長を駆動する組織要件
組織運動のトポロジー/四つの「見えざる資産」/DNAの二つの螺旋構造/DNAの読み解きと読み替え/DNAを基軸とした「マーケット・アウト」/成長エンジン/〈4+1〉ボックスがもたらす持続成長/ユニクロの〈4+1〉ボックス/四つの未成功パターン/「見えざる資産」を「見える化」する
第5章 組織のメビウス運動
逆上がりするメビウス/「見えざる資産」のつなぎ方/アップルの「つなぎ」/リクルートの「ずらし」/学習と脱学習の良循環/学習優位の確立/どこから手をつけるか/原体験としてのメビウス
第6章 組織の慣性を突破する
空間軸上のねじれ/ミドル機能による「つなぎ」/ユニクロを駆動するミドル機能/ミドル機能の埋め込み
時間軸上のねじれ/リクルートの「ずらし」の仕掛け/異質性の取り込み/「新化」と「伸化」を仕掛ける
ミドル機能を呼び覚ます
第7章 企業進化の実践
経営変革のグローバル・スタンダード/日本型変革モデル/パナソニックの破壊と創造/V商品と垂直立ち上げ/デジカメにみるメビウス運動/スマート・リーン×メビウス/自己組織化の方程式/「正の危機感」による「ゆらぎ」の創発/「つなぎ」をもたらす「本質的な質問」/実践を通じた体質化
第8章 日本企業復活に向けて
アジア域内スマート・リーン構想/「こちら側」と「あちら側」をつなぐ/目指せ 「融知経営」/グローバル経営の三段階/フラクタルな進化/イノベーションの経営から経営のイノベーションへ/明日から何をすべきか
おわりに