失敗を恐れては新しいボックスは生み出せない
――3つ目のステップでは「発散と収束」を繰り返す必要性を説いておられます。人が多く関われば多くのアイデアは生まれますが、収束はその分難しくなります。このバランスについては、どのようにお考えでしょうか。
イニー:クラウドやオープン・イノベーションというのはその典型ですね。確かに参加する人が多ければアイデアばかり出てきてしまい、収束は難しくなります。それを防ぐには「正しい質問」を投げかけることです。「正しい質問」をしなければ、テクノロジーがあるが故に、間違った方向により早く進んでしまうことも起こり得ます。
このプロセスを創造的なものにするためには、何を聞かなければならないのか、制約があるのかないのか、制約があるとすると制約条件を打ち破ることは可能なのかを考え抜くことです。そうした基礎工事をセッションの前にしっかりやっておけば、何人が関わろうとも方向性を見失うことはありません。
――新しいボックスに移るリスクを恐れて、古いボックスに留まったままの人に対しては、どのような説得が必要でしょうか。
イニー:まずは相手がボックスを抜け出せない理由を考えることです。なぜそのように考えるのかが分かれば説得の糸口がつかめますよね。強制するのは簡単ですが、強制力には限界があります。理由があって古いボックスにしがみついているのですから、抵抗感をもつ要因を説得側がしっかり理解することが大切です。

木村 亮示(きむら・りょうじ)
ボストン コンサルティング グループ(BCG)パートナー&マネージング・ディレクター。BCGストラテジー・プラクティスの日本リーダー。ハイテク、通信、メディア等の業界を中心に中長期戦略、事業戦略、新興国・グローバル戦略、イノベーション、新規事業、事業開発、消費者インサイト等のプロジェクトを手がける。 京都大学経済学部卒業。HEC経営大学院経営学修士(MBA)。国際協力銀行、BCGパリオフィスを経て現在に至る。
もう1つは個別具体化をしてみせることです。例えば格安航空会社(LCC)を考えてみましょう。いまから50年前にはそのような概念はありませんでした。LCCは機体を1種類に絞り、地方空港にのみ就航し、荷物を預けたら別料金を取る、といった具体的なシフトを考えた末に生まれた新しいボックスだったのです。変えられる可能性を個別具体的に考えてゆくと、それが積み重なって大きな視野を生みます。それができれば説得も容易になることでしょう。
実際のセッションでは、参加している人たちがどんな状態で参加しているかに目を配ることも重要です。本当に皆があるべき姿で参加しているかを確認し、誰もがヒエラルキーなどに関係なく発言できる状態に持っていく必要があります。どういうアプローチをあえてとっているのか、たとえば、今は発散あるいは収束の段階にいるということを全員が認識しているようにすることが必要です。そうした備えがとてもたいせつなのです。
木村:特に日本では実務的、実利的な話を好む傾向があります。ですから、新しいボックスに移ることによる実利をいかに見せるかがカギとなります。一歩引いて考えて、「本当にやりたかったことはこれですか」と問いかけるのです。その上で「例えばこうしてみると」という投げかけができれば、新しいボックスを生み出すきっかけがつくれるのではないでしょうか。
――新しいボックスが生み出せても、古いボックスから急に移って失敗している例もあります。タイミングはどのように見極めればよいのでしょうか。
イニー:難しい問題ですね。実際、どれほど素晴らしいアイデアであっても永遠に生き続けるものはありません。ですから、この「いつ」という問題は非常に重要です。
まったく問題がなく、皆がいい仕事をしている企業を想像した時に、CEOがやるべきこととは何でしょうか。それは、次の一手は何か、そして、その一手をいつ実行するかを考えることです。そのためには常に疑い、はっきりとは現れていないかすかなシグナルを見つけ、そして多くのトライ・アンド・エラーをしなければなりません。試行錯誤に失敗はつきものですが、それもプロセスと割り切るのです。建設的な営みの結果としての失敗を取り入れ、うまく活用する。「いつ何をするか」という問題の答えは、その繰り返しが教えてくれるものだと思います。
――新しいボックスを生み続けた結果、元に戻ることもありえます。それも新しいボックスへの転換と見てよいのでしょうか。
イニー:哲学的ですね(笑) もし一周して戻ってきたのであれば、それは素晴らしいことだと思います。必ずしもすべてのボックスにチャレンジしなければならないわけではありません。さまざまなことを想定し、異なるロジックで物事を考え、根本の考え方も変わってきた結果、戻ってきたように見える新しいボックスだと考えられます。
木村:そのプロセスを経ることで、いつまでそのボックスが有効かを見極める、また次の新しいボックスに行くきっかけが分かるようになる、といった効用があると思います。
もしかしたら、お客様や競合他社からすると、昔の姿に戻っただけに見えるかもしれません。しかし自分はそうではないことを知っている。これは強みになるでしょうね。