新しいボックスは大企業からも生まれ出る

――企業にとっては事業の継続が重要です。ビジネスに精通するほど、ボックスを抜け出すことは難しくなると思いますが、そのジレンマは解消できるのでしょうか。

イニー:2つの視点を常に持ち合わせることが非常に重要です。ビックというボールペンで有名になった会社は、ボールペンをつくりながらも、カミソリやライターにも進出していました。これはむやみな多角化を図ったわけではなく、「ボールペン」という古いボックスを活かしながら、「使い捨てプラスチック製品」という新しいボックスに挑んで得た成功でした。この新旧の両方のボックスを追求することが、企業にとっての大命題となります。
 新しいボックスへの転換は、業界のアウトサイダーからアイデアが生まれると思われがちですが、決してそうではありません。大企業にだって可能なのです。どのような企業であれ、新しい視点で考え、新しい発想を導入する能力は持っています。そのためには自分たちのボックスを疑うこと、そして思考を拡大するための労力を厭わないこと、という前提がつきますけどね。

木村:事業の継続についても、いまの事業について3年先までは読めるが、その先が分からない、という声をよく聞きます。そういう時は事業の再定義を行うように促しています。つまり視点を変え、新しいボックスをつくり出すということですね。最近はこうした再定義を行い、どのように事業をシフトさせてゆくか、資源配分を変えてゆくかといったことも、ホットトピックになってきています。

――しかし、実際にCEOが2つのメッセージを同時に発することは困難ですね。

木村:変化を求める一方で、目の前のことに全力を尽くせというのは、組織に混乱をもたらしかねません。しかし、冒頭申し上げました通り、創造力は新しいボックスから生まれるものです。ボックスはいくつもの階層から成り立っていますので、切り分けて考えることも有効です。そこで、現場の方には既存事業をよくすることに注力してもらい、経営者あるいはスペシャル・チームをつくって新しいプランを練る、というケースが多いです。

イニー:もちろん、内容によっては組織内の全員から新しい視点を得ようと試みることもあります。例えば本屋さんがオンライン・ブックストアに押されている状況があります。どう対抗すればよいかは、全員で考えた方がよりよい知恵が出てくるでしょう。
 このように、CEOがどのようにメッセージを出すべきか、という問いに対しては、業界や環境によって異なります。既存の事業を粛々と伸ばすこと、近隣領域に拡大すること、まったく違う視点で新しいビジネスを考えること、といった3つの軸が考えられます。こうした軸や業界、環境によって最適なコミュニケーションは変わってきます。

――新しいボックスに挑戦する際、事業に習熟していることが却って足かせとなることが考えられます。事業経験はどのようなアドバンテージとなりうるのでしょうか。

イニー:考え方によっては不利となる、といった程度の問題で、解決できないものではありません。自分の中でいくつもの視点を変えて、問題をいろいろな角度から「掘り下げる」ことは、業界を知っているからこそ描けるものです。知見を活かせるアドバンテージとなります。発散のプロセスでは、こうした視点を変えてゆくことが非常に重要です。
 それゆえ、先ほど申し上げた通り、経験によって自分の視野を狭めていないかを常に疑い、自分の経験値が自身の制約要因とならないように心を砕くことが求められるのです。(了)