完成したディシジョンツリーから、いくつかの興味深い洞察を読み取ることができます
まず期待値としては、「TA挑戦(56.69)」が「TA回避(37.925)」の約1.5倍と、筋のよさとしては だいぶ高いことがわかります。
金メダル獲得の確率は「TA挑戦(0.09+0.12+0.05=0.26))」と「TA回避(0.225+0.04+0.0025=0.2675)」でほぼ同じ――わずかながら「TA回避」のほうが大きい――ですが、いずれの選択肢でも、今回の確率想定においては、約26%とけっして高くないことを理解しておく必要があります。
「TA挑戦」で最も確率の大きいシナリオは「“No Good”で金メダル逃す」、「TA回避」で最も確率の大きいシナリオは「“Good”で金メダルを逃す」です。
いずれの選択肢を採った場合も、「やっぱり安全にTA回避で金を目指すべきだった」とか、逆に「どうせ金メダルを逃すなら、浅田選手としての初志貫徹でTAに挑むべきだった」という心ない非難が寄せられる可能性が高いことがわかります。
したがって、結果論からの非難で傷つかないように、あらかじめ浅田選手には、こういう状況での意思決定だ、ということを十分認識しておいてもらったほうがよいのではないか?!と思われます。
なお、少し複雑な検討が必要になるので本稿では割愛しますが、NPlVの「累積確率分布」の分析をしてみると、「TA挑戦」は「TA回避」に対して「確率的優位」――どんなNPlVの値においても、その値以下になる確率が「TA回避」のほうが「TA挑戦」より常に高い(逆にいうと、その値以上になる確率が「TA挑戦」のほうが「TA回避」より常に高い)――であることがわかり、浅田選手は、今回設定したような非常に困難な判断の場面であっても、十分な安心感をもって「TA挑戦」を選択すべきであることがわかります。
今回の検討は、筆者が勝手に想定した状況と確率とNPlVにもとづくものですので、私としては、浅田選手と佐藤コーチが以上の検討を参考に、事前に2人で自らディシジョンツリー分析に取り組むことを願います。
そのうえで、自ら作成したディシジョンツリーのひな型をベースとして、当日に、その時点での主観的確率の読みを使って検討し、決断。
そしていったん決めたら、それまでの分析や複数シナリオの存在などもろもろのことは忘れて、「何がなんでも完璧な演技で金メダルを 獲る!」という強い気持ちでフリーの演技に取り組んで頂きたいものだと思います。
つまりは“Good Decision,” then shift to “Committed Execution!”(いったんよい意思決定をしたら、次は前向きに覚悟をもった実行へ!)の精神で金メダル獲得を実現することを切に願うものです。
浅田選手がどんな選択をしようと、筆者は全力で浅田選手を応援します!!
東京大学大学院科学工学科修了後、三菱化成(現三菱化学)入社。渡米後、スタンフォード大学大学院エンジニアリング・エコノミック・システムズ学科修了。マッキンゼー社東京事務所、シリコンバレーに本拠を置くストラテジック・ディシジョンズ・グループ(SDG)にてパートナー、日本企業グループ代表。帰国後、ATカーニー社ヴァイスプレジデントを経て、ディシジョンマインド社を設立。企業やビジネスマンの戦略スキルや意思決定力向上を支援するエデュサルティング活動(Education + Consulting = Edusulting)に注力している。企業内教育研修のほか、スタンフォード大学、慶應義塾大学、立命館大学、青山学院大学、福井県立大学などの大学院にて講義を実施。主な著書に『選択と集中の意思決定』(東洋経済新報社、2000年)、『意思決定の理論と技法』(ダイヤモンド社、1997年)など多数。
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