カフェやバーバー、スパなど、ラグジュアリーブランドの店舗が「ブランド体験スペース」に変わってきたのは、ブランドの世界観への入り口としての機能だけでなく、顧客との関係性を深めるための手段として、感性に訴えることの重要性が増していることにあります。

嶋浩一郎氏:博報堂ケトル共同CEO、編集者、クリエイティブディレクター。1993年に博報堂入社CC局配属。その後、朝日新聞『セブン』や雑誌『広告』編集長を経て、2002年には「本屋大賞」を企画。2005年に博報堂ケトルを設立。そのほか、ネットニュース『赤坂経済新聞』、カルチャー誌『ケトル』の編集長でもある。
博報堂ケトル共同CEOの嶋浩一郎氏は、広告コミュニケーションの変化を例に、こうしたラグジュアリーブランドの展開を次のように説明します。
「一般論として、従来の広告コミュニケーションはマスに向けたメッセージの発信が主な役割でした。今はウェブやソーシャルメディアが浸透し、生活者にとって情報のチャンネルは多様化しています。すると、シンプルなメッセージの“伝達”よりも、人々の“体験”をどうデザインするかが問われるようになってきました」
例えば、これまでの広告は「3000万人が週に10回見るCM」というように、リーチ(到達数)とフリークエンシー(頻度)で評価されてきました。しかし、それ以上に、現在の広告コミュニケーションでは「このブランドは自分のためにある!」と思ってもらえるような「ブランド体験の深さ」が求められると嶋氏は言います。
その回答のひとつとしてラグジュアリーブランドが行っているのが、店舗における体験のデザインというわけです。
「ラグジュアリーブランドが体験をデザインするようになっているのは、音楽業界でデジタル配信が普及した結果、かえってライブが人気になっているトレンドと同様だと思います。情報が溢れるソーシャルメディア時代だからこそ、そこでしか味わえないリアルな体験の価値が上がっているのです」(嶋氏)
実際、東洋経済オンラインの記事によると、音楽業界におけるライブの集客数は2003年からの10年間で約2倍にも増加。CD生産数が縮小傾向にあることと、見事に対照的です。
「デジタル空間では、人は情報自体をシェアするのではなく、何かに触れることで生まれる体験や感情をシェアします。広告のメッセージではなく、『今日のライブすごく良かった』、『アルマーニのスパが快適だった』、『ダンヒルのバーバーで新しい髪型にした』といったことをつぶやき、“いいね!”するわけです。ソーシャルメディア時代では、リアルな体験を提供することがもっともダイレクトに感情に訴え、ブランドの世界観を広くシェアしてもらう方法なのだと、ラグジュアリーブランドは経験的に知っているのでしょう」(嶋氏)