投資家にとって魅力的なリターンと低いリスクの2点が、ヒューリスティックによって単純化され、大きな要因と認識されている可能性が高い。その結果として、どちらに投資することが投資家自身にとって、より最適な意思決定であるのか、判断することができなくなってしまう。

 この点で、投資信託の存在は、意思決定の困難さに伴うストレスを軽減させる上で有用な金融商品といえるかもしれない。貴重な金融資産を増やしていくためには、どのような資産配分と銘柄選択が最適であるのか。多くの個人投資家は、簡単にその答えを出すことができないだろう。そのとき、投資信託を考えると、不確実性はプロの運用者がコントロールしてくれるという、ざっくりとしたコンセプトが救ってくれることになるかもしれない。

 ただし、単純化によって意思決定が促進されはするものの、リスクを見落とすことにもつながる可能性に「気づかない」ことこそ、単純化の罠である。その点には注意が必要だ。

いつの間にかインプットされた情報が判断を乱す!――アンカーリング

 知らない間にインプットされた情報が「アンカー(錨)」となって、知らず知らず意思決定に影響を与えてしまう。アンカーが間違った基準となってしまうことも多く、注意が必要である。

 ここで解説する「アンカーリング(心の錨)」も、私たちが物事を判断したり、意思決定を行う際に大きな影響を与える可能性が高い。アンカーリングとは簡単に言うと、潜在的に意識の中に刷り込まれた重要な情報といえばよいだろう。

 たとえば、ある実験で、被験者は国連加盟国におけるアフリカ諸国の比率を予想するよう出題されたとする。被験者は、最初にいくつかのグループに分けられ、ルーレットによってあるグループは65というように各グループに番号が割り当てられる。この後、被験者は自身の予想が、属するグループ番号よりも上か下かを問われる。

 その結果は、とても興味深い。グループを表す数字の大小が、予想値の大小となって現れたのである。10が割り振られたグループは25%がアフリカ諸国だと回答し、65が割り振られたグループからは45%が回答として返ってきた。つまり、ルーレットで割り振られた数字が、頭の中に残っている可能性があり、そのために大きな数字を割り振られたグループの回答は大きな数字になり、小さな数字を割り振られたグループは、小さな数字の回答となったと考えられるのだ。

 人間は、知らず知らずのうちに、それまでにインプットされた情報に頼ることが多い。高速道路で渋滞に会うと、あまり深く考えることなく、一般道路に下りてしまうケースがある。それは、私たちの頭の中に、「一般道路は混雑していない」という経験則が残っているためだ。ところが実際に出てみると、高速道路より混雑していることもあり得る。したがってこの「アンカーリング」も、人間の合理的な判断を歪める要因の一つと考えられる。時に、固定観念にとらわれない行動をとる勇気が求められている。

(了)

 

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[目次]
第1章 「心」と出会った経済学──行動経済学は何を変えたのか?
1 経済学は、「どこで」現実に気がついたのか?
2 行動経済学で「何が」できるのか?
3 不合理な意思決定の源は脳にあり!──神経経済学入門

第2章 なぜ合理的に決められないのか?──損失を恐れてダマされる心
1 「プロスペクト理論」──人間の「価値」の測り方を理論化する
2 認知的不協和──「明らかにおかしな選択肢」はなぜ選ばれるのか?
3 心理勘定──心の会計処理は矛盾だらけ
4 フレーミング効果とコントロール願望──私たちの決断は、なぜかくも「もろい」のか?

第3章 直感はどこまで当てになるのか?──何度も同じワナにハマる心
1 ヒューリスティック──勘を信用しすぎる人間たち
2 初頭効果と代表性バイアス──情報の受け取り方ですべてが変わる
3 私たちは、自ら進んで確率にだまされる

4章 行動経済学はどこまで応用できるのか?──市場分析から政策提言まで
1 市場のダイナミクスを行動経済学で解く!
2 ケースで学ぶ、行動ファイナンスとその応用
3 デフレは止められるのか?──政策実行のツールとしての行動経済学