1つのことに全力投球の一兎戦略
その前に、まず今回は一兎戦略を再検討し、トレードオフについて立ち入って考えてみよう。トレードオフ関係にある2つの目的を同時に追求しようとして失敗することは、競争戦略論では「スタック・イン・ザ・ミドル」と呼ばれる。M. ポーターが提案する競争の基本戦略にはコスト・リーダーシップと差別化があるが、コストと差別化の2つの価値を追求しようとすると、「スタック・イン・ザ・ミドル」に陥り、うまくいかない。なぜなら、戦略遂行に必要な資源、組織体制、人々の意識が、2つの基本戦略では異なるからだといわれる。ゆえにポーターも、「スタック・イン・ザ・ミドル」に陥らないように、どちらか一方に全力投球すべしと主張する。
「上質」対「手軽さ」でも、「差別化」対「コスト」でも、そのいずれか一方に全力投球することで、トレードオフをうまくマネジメントする事例は少なくない。古典的な例ではあるが、ポーターがしばしば言及するサウスウエスト航空もそのひとつである。
ここ数年、日本でもロー・コスト・キャリア(LCC)が話題となっているが、サウスウエスト航空は低価格を訴求した航空会社のはしりで、現在のLCCのモデルであると言えよう。少なくとも初期のサウスウエスト航空は、機内食やフリークエント・フライヤー・プログラム、乗継時の手荷物預かりといった乗客サービスを行わない。インターネットや自動券売機でチケットを販売するので、代理店に手数料を払わなくて済む。パイロットや客室乗務員が搭乗券のチェックや客室の清掃を行う。混雑する大空港を拠点とせず、中都市・第二空港間の短距離直行ルートを専門とする。ゆえに、機体をボーイング737型に統一でき、整備効率が高い。ゲートでの滞留時間が短いので、多頻度のピストン輸送が可能となる。サウスウエスト航空は、乗客サービスを限定し、飛行稼働率を高く維持することで、格安運賃を提供しているのである。
サウスウエスト航空は、このようにもっぱらコスト削減、低価格を追求しているが、競争戦略の視点では次の3点が強調されるべきであろう。1つは、複数のコスト・ドライバー(コスト引下げ要因)を積み重ねることによって、「ダントツの強み」を生み出していることである。高い稼働率、経験効果、範囲の経済、サプライヤーとの関係といったコスト・ドライバーがいくつも積み重ねられているので、強力なコスト競争力を身につけている。
2つめは、サウスウエスト航空がコスト・リーダーシップ戦略を徹底的に追求することで、ライバルをスタック・イン・ザ・ミドルの状況に陥らせてしまうということである。コスト低下と顧客サービスとはトレードオフであるが、それまでほとんどの航空会社は、一定の顧客サービスを提供し、それを前提にコスト低減に努力していた。既存のサービスに慣れ親しんでいる顧客や乗務員を抱えているので、他の航空会社は簡単にはサウスウエスト航空と同じやり方をとることができない。サウスウエスト航空が徹底してコスト削減を追求すると、既存の航空会社はコスト削減と差別化(サービスの向上)の両方を中途半端に追求していることになってしまうのである。
3つめは、単に個々のドライバーのコスト削減効果が積み上がるだけでなく、ある活動が他の活動に影響を及ぼし、より大きなコスト削減効果を生んでいるということである。たとえば、限定的な乗客サービスは、それに要するコストを削減するだけでなく、混雑したハブ空港を使用しないことと併せて、空港での滞留時間を短縮し、飛行稼働率を高める。中都市空港を使えば、中都市間のルートが増え、それに合った機体に統一することができ、整備効率が高まる。このように、全ての活動がコスト削減に向かってシステマティックに組み合わされていると同時に、相互にコスト削減効果を高め合っている。こうすることで、「戦略フィット」や「活動のシステム」と呼ばれる隔離メカニズムが形成されるのである。