トレードオフはなぜ難しいのか
この最後の点は、活動が積み重ねられるにつれて、あるいは努力や資源が投入されるにつれて、その増加分以上に自社の強みや顧客にとっての価値が高まることを示唆している。これがトレードオフの難しさとどう関係するのか、簡単な図を描いて考えてみよう。

図1
縦軸に企業が生み出す強みや価値をとり、横軸にその価値や強みを生み出すために積み重ねられる活動の数や投入される資源の量をとると、図1のような右上がりの曲線が描かれる。この曲線はいわば価値の生産曲線で、生み出される価値の量が逓増している、つまり投入資源が増えれば増えるほど、投入資源の増加にともなう価値の増加が大きくなることを示しているのである。

図2
トレードオフ関係にあるもう1つの価値と投入資源との関係も、同様の(逓増する)曲線で表されるとしよう。企業が投入できる資源は所与で、一方の価値のために投入すれば、その分もう一方の価値に投入できる資源が減る。したがって、横軸上の線分OO’に企業が投入できる資源の量をとり、ある価値の生産曲線(青字)の原点をO、他の価値の生産曲線(赤字)の原点をO’とすると、図2のような図ができあがる。青・赤2つの曲線を垂直方向に足し合わせたもの(黒字)が、企業が生み出す2種類の価値の合計である。価値の生産曲線が逓増的であれば、合計価値を表す黒字の曲線はU字型になる。ゆえに、2つの極の内のどちらかの価値を徹底的に追求した方が、2つの価値を同時に追求するよりも生み出される2つの価値の合計が大きくなることがわかる。つまり、価値が逓増しているときには、トレードオフにある2つの価値を同時に追求するよりも、どちらか一方に集中した方が良いのである。

図3
トレードオフに対処することが難しいのは、追求すべき目的が複数あるからだけではない。たしかに目的が複数あると、それぞれの目的の追求に資源を配分せざるを得ない。企業が投入できる資源には限りがあるので、各目的追求に投入される資源は少なくなる。その結果、1つの目的を徹底して追求するときに比べて、各目的の達成レベルは低くなってしまう。
しかし、トレードオフの難しさの本質は、投入資源の分散ではない 。もし、価値の生産曲線が逓増的ではなく、直線だったら、生み出された2つの価値の合計は、図3のような水平な直線になる。 したがって、この場合、いかなる資源配分でそれぞれの価値を追求しても、得られる価値の合計は同じ量になるのである。
トレードオフの本質的な難しさは、図2のように、価値の生産曲線が逓増的な場合に顕著となる。価値の生産曲線が逓増的とは、前にも述べたように、資源が投入されるにつれて、その増加分以上に価値が高まる場合である。あるいは、トレードオフの複数の目的があるとき、一方を追求すると、他方の追求が疎かになる、あるいは他方の目的を達成しにくくなるような負の影響が及ぶ場合だと考えることもできる。いずれにせよ、図2のように、価値の合計がU字型で表されるような場合、トレードオフのマネジメントが極端に難しくなり、1つの主体が同時にトレードオフの2つの目的に取り組もうとすると、失敗してしまうのである。
たしかにこのような場合、中途半端に2つの価値を追求することは望ましくない。しかし、常に片方の目的追求に全力投球するのが良いとは限らない。トレードオフを扱うこれまでの経営学の研究では、両方を上手く追求する道を議論しているものが少なくない。また現実の事例においても、トレードオフにある複数の目的を、適切なバランスで追及して成功している企業もある。
では、どうやれば、「スタック・イン・ザ・ミドル」にならずに、トレードオフにある2つの目的を追求できるのだろうか。あるいは、どんな時に二兎を追うべきなのだろうか。そこには、いくつか共通の特徴があるように思われる。次回からは、二兎を追う方法の考え方、それがうまくいく条件について論じていく。
(注1)ケビン・メイニー『トレードオフ』プレジデント社、2010年
(注2)「企業課題のトレード・オフを両立させる法」、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー、2007年4月号内