いよいよ提案の時間になった。ある企業の経営者であるBさんは「女性向けの新メニュー開発が必要だ」と提案。飲食業のCさんは「無借金で満足せず、M&Aを含めた攻めの姿勢が必要」。他にも「ヘッドハンティングを含めた人材育成が重要」といった提言もあった。それに対して、どのアドバイスよりもA社長の心を動かしたのが、Dさんの提案だった。その内容とはこうだ。「もしもA社長が業績重視の雇われ社長なら、すぐに回転寿司や女性向けのオシャレ寿司を始めるはずですよね。売上げが上がると分かっていてもA社長がそのアイデアを選ばないのはなぜか。それは、A社長が寿司職人に対してものすごくこだわりを持っているからではないですか。だから、職人がイキイキしない業態には、たとえ儲かったとしても、打って出ない。つまり、A社長がこだわっている寿司職人の価値を改めて明らかにしないことには、何をやっても事業を成長させることは難しい」
 全員の提案を聞いたA社長の反応はこうだった。Bさんや、Cさんなどの提案は、大体過去に一度は考えたことがあるものばかりだった。しかし、Dさんの提言は、自分がずっとモヤモヤと抱いていた、「そもそも、なんで自分は無理に事業拡大戦略に打って出ないんだろうか」という悩みの素をずばり言い当ててくれた。今の自分に最も足りない視点を指摘してくれた。そう言って、Dさんの提言を評価したのだった。

自社の「事業価値」を問い続ける

 このA社長の悩みから、経営者に共通する悩みが見えてくる。経営者にはあらゆる業界からアイデアの売り込みがある。社長同士の情報交換も頻繁にある。自身もとことん考えている。つまり、事業成長のためのアイデアは既に無数に目の前に転がっているのだ。すなわち経営者の悩みは、さらに新しいアイデアを考えることではない。数ある選択肢の中から、自社の限られた資源をどこにつぎ込めば、市場で勝ち残るかを判断することであり、A社長がDさんの「寿司職人の価値の明確化」というアドバイスに反応したのは、それが経営判断をする上で非常に重要で、かつ自分の思考から抜けていたと感じたからだ。経営者が判断を下すための自分なりの基準を常に追求し、悩み続けていることが如実に現れた瞬間だった。

 メガネブランドのJINSで有名な株式会社ジェイアイエヌの田中仁社長は、リーマンショックの影響などもあり、事業に行き詰まった2008年、ユニクロの柳井正会長(当時)に初めて面会した。
「柳井会長に対面して最初に、『御社の事業価値は何ですか』と問われました。最も基本的なことですが、恥ずかしながらきちんと答えることができなくて…ビジョンなき、志なき経営は売った方がいいと、言外に言われたのです。これは相当応えましたね。かなりの厳しさを感じました」(PRESIDENT VISION 「株式会社ジェイアイエヌ 代表取締役社長 田中仁氏 インタビュー」(2012.2.17)より引用)
 また、不振にあえぐ日本マクドナルドを見事に立て直した原田泳幸社長も、「業績不振になった会社をある角度で見ると、必ずといっていいほど、その会社らしさを失っています。業績を回復した会社を見ると、必ずといっていいほど『らしさ』を取り戻していると思います」(原田泳幸,『勝ち続ける経営』,朝日新聞出版,2011年)と述べている。
 こだわり、事業価値、らしさ等、さまざまな言葉で表現されているが、会社の規模に関わらず、経営者は常に「自社の事業価値とは何か」を考え続けていることがわかる。そして、その答えが「寿司を握っています」「メガネを作っています」「ハンバーガーを売っています」といった簡単な答えではないことは明らかだ。では、その答えを見つける手掛かりはどこにあるのか。私は、それこそクリエイティビティの力にあるのではないかと考えている。