経営者が求める、クリエイターの2つの能力

 ではなぜ広告のクリエイターに、事業価値を言い当てる力があるのだろうか。これは、佐藤可士和氏が、初めて憧れの大貫氏と一緒に仕事をした時のエピソードである。
「大貫さんと一緒にサントリーの仕事をする機会に恵まれました。すごく張り切って、最初の日にはたくさんアイデアを持っていきました。ところが、それを見た大貫さんは『そもそも、まだ何を考えるか決めてないよね』と言ったんです。それまでは『広告でどう表現するのかを考えるのが僕の仕事』と思ってきた僕にとっては、大貫さんの言葉の意味が、さっぱりわかりませんでした。が、大貫さんは、それから何日も『ウイスキーとは何か』についてチームメンバーと話し合いを重ねていきました。衝撃でした。今までの誰とも全く違う仕事のやり方だったんです」(リクルートエージェント 「階段を一歩上がる時 FILE.09 佐藤可士和」(2010.8.26)より引用)

 では、なぜ大貫氏はこのような仕事の進め方をしているのだろうか。それは、大貫氏が広告クリエイティブという仕事で何を重視しているかを知ると、納得がいく。

「当然プロだから、確実に売り上げはアップさせるし、イメージ向上に結び付く広告は作らなければいけません。でもそれだけでいいのかなと。僕らが流通させる広告表現にはもっと志やモラルが必要だと思うようになりました。広告で世の中を良くすることができるはずだと思うようになったんです」(「博報堂のデザイン」,『デザインノート』No.42,誠文堂新光社,2012年)

 つまり、ウイスキーが売れる広告、イメージ向上するアイデアだけを追求するのではなく、ウイスキーが今の世の中にとってどんな意味があるのか、ウイスキーの志を改めて追求するところから始めるのが大貫流の仕事術だと言える。そして、これは前述した経営者の悩みと重なる。経営者にとっても、売上げアップのためのアイデアを追求するのではなく、どのアイデアこそやるべきかという判断基準を追求しており、すなわち「自社の事業価値とは何か」という難しい問いを常に突きつけられている。だからこそ、まず商品の志から考える大貫氏の提案に感銘を受けるのだと思う。

 以上の例を元に、広告クリエイター特有の能力は大きく2つあると定義したい。1つ目が「志を再定義する力」であり、2つ目が、「価値を形にする力」だ。後者は言わずと知れたクリエイターの能力だが、今回注目したいのは、経営者にとっては後者に負けるとも劣らない価値を発揮する前者、すなわち「志を再定義する力」だ。

「志を再定義する力」を発揮している広告クリエイターは、なにも大貫氏や佐藤氏に限ったことではない。優れた広告のクリエイター達は、広告表現を考える前に、「この商品は、そもそもどんな存在価値があるのか、どんな可能性がありそうか」を考え、志を再定義する作業を行っている事が多い。しかも、その壮大な志をわずか15秒のCMや、たった1行のコピーで、誰もが直感的に理解できるような「価値を形にする」力も併せ持っている。様々な業界で何度も繰り返し行ってきた経験値もあり、客観的な視点も持っている。こんな能力を持った広告クリエイターがいたら、経営者ならこう思うだろう。「この人にロゴマークだけ頼むのはもったいない。むしろ、あなたはわが社の事業価値とは何だと思うかを、客観的な視点でスバリ言ってほしい。その一言はきっと、広告だけでなく、経営のあらゆることに使えるはずだ。」これが、経営者が広告のクリエイターに広告だけでなく、事業そのものについても相談したくなる理由であろう。

 とはいえ、広告クリエイターにとって商品の志を再定義する作業は、広告制作という枠の中では単なるプロセスに過ぎず、どちらかと言うと広告会社の会議室だけ、あるいはクリエイターの頭の中でだけで行われてきた思考プロセスであった。しかし、日々行っている経営判断の根拠として、常に「自社の事業価値とは何か」を悩み続けている経営者にとっては、クリエイターが一つのプロセスとしか考えていなかった「志を再定義する」作業こそが、実は一番価値を感じる所だったのだ。(了)

※編集部注:本文章は、日本広告業協会(JAAA)第42回懸賞論文 金賞受賞作を基に再構成したものです。