ハーバード・ビジネス・レビューでは、本誌に寄稿いただいた方を講師にお迎えして勉強会を開催している。少人数によるディスカッションを中心とした勉強会は、議論の濃さと活気で好評だ。今回は『関わり合う職場のマネジメント』 (有斐閣、2013年)で第56回日経・経済図書文化賞を受賞された、神戸大学大学院教授の鈴木竜太氏を講師に迎え、「関わり合う職場が生み出す力」 というテーマで、プレゼンテーションを行っていただいた。
【テーマ】「関わり合う職場」が生み出す力
【 講師 】鈴木 竜太氏(神戸大学大学院 経営学研究科 教授)
【 日時 】2014年5月28日(水) 19時~20時30分
【 場所 】d-labo コミュニケーションスペース(ミッドタウン・タワー7階)
DHBR勉強会について
ハーバード・ビジネス・レビュー(DHBR)では、本誌に寄稿いただいた方を講師にお迎えして勉強会を開催しています。テーマに沿ったプレゼンテーションの後、参加者の方々とディスカッションを行っています。参加者の年代や職種も幅広く、日頃接点がないような業界の方々と課題を共有し、また直接講師の方とも意見を交換できる機会が得られるということで、多くの方から好評をいただいております。20名という少人数もあってか、意見も活発に発せられ、大変刺激的な会となっています。
個人主義と全体主義は両立できるか
鈴木氏が「関わり合う職場」という考え方に至る背景にあった問題意識について語るところから、会は始まりました。

鈴木 竜太(すずき・りゅうた)
神戸大学大学院経営学研究科教授。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了後、静岡県立大学経営情報学部専任講師、神戸大学大学院経営学研究科准教授を経て現職。著書に『組織と個人』(白桃書房、2002年)、『自律する組織人』(生産性出版、2007年)、『関わりあう職場のマネジメント』(有斐閣、2013年)など多数。なお、『関わりあう職場のマネジメント』は第56回日経・経済図書文化賞を受賞している。
この20年の間に、欧米式の成果主義が日本企業にもどんどん取り入れられるようになりました。しかし、行き過ぎた成果主義は個人主義的行動をもたらし、職場の空気を悪くさせ、従業員のモチベーションが低下するという弊害ももたらしました。この問題を指摘した『不機嫌な職場』 (高橋克徳・川合太介・永田稔・渡部幹 共著、講談社、2008年)が、ベストセラーとなったことをご記憶の方も多いのではないでしょうか。
鈴木氏は、この問題を組織はいかに解決すべきか、というテーマで研究を進めてこられました。そして「支援行動、勤勉行動、創意工夫行動という3つの行動が合わされば、問題を解消しつつ組織は成長できる」という答えにたどり着かれたそうです。その3つの行動を生み出す職場こそが、「関わり合う職場」です。
支援や勤勉というのは周囲のために行う全体主義的行動ですが、創意工夫は自分の仕事の成果を向上させるための個人主義的行動です。矛盾するこれらの行動を両立させるのは、経営の視点から見ても非常に大事なことです。一方で、支援や創意工夫というのは本来の役割外の行動でもあります。全体主義的行動と個人主義的行動の両立や、自発的に役割外の行動を取ってもらうために、何が必要なのでしょうか。また、そもそもマネジメントできるものなのでしょうか。
公共哲学の立場から解決策を探る
鈴木氏はそうした問題提起に対して、公共哲学で言われる「コミュニタリアニズム(共同体主義)」の考え方を示されました。コミュニタリアニズムとは、コミュニティのなかから協働や秩序、自律が生まれるという考え方で、個人主義と全体主義の双方に対するアンチテーゼです。公共哲学では、個人主義も全体主義も、ともに他者への関心や敬意を欠いている点で同根だ、と指摘されています。ですから、組織と個人の中間に位置するコミュニティを通じて他者への尊敬を培い、関心をもつことが、組織と個人という二項対立から抜け出すために必要なことだ、と説かれました。
哲学者のデイヴィッド・ヒュームは「人はだれもが思いやりの心を持っているが、だれにもその思いやりが向けられるわけではない。身の回りの近しい人に対する限られた思いやりだ」(『人間本性論 第3巻:道徳について』 、法政大学出版局、2012年)と書いています。互いを近い存在と認識しなければ思いやりは向けられません。職場というコミュニティを通じて他者の近さを認識し、思いやりを持って仕事をできる環境こそが「関わり合う職場」であり、そうした職場で自然に行われる支援・勤勉・創意工夫という個人の行動によって、組織の成長が可能となるのです。