企業にとって人材が大切なことは言うまでもない。しかし、人材育成が経営課題の中心に据えられにくい現実もある。重要性が理解されながら、なぜ進まないのか。

 

人材育成は目的ではなく、手段である

 企業にとって「人」が重要な資産である−—。これに反論する人は恐らくいないでしょう。そして人材育成の重要性もみな認識している。人が育つことほど、経営にとって心強いことはありません。

 ところがその重要性が十二分に認識されていても、実践が盛んになっているとは言いがたいのが現状です。それは「人材育成」という言葉の語感がもつ問題もあるような気がします。

 人が育つのは、企業にとって目的にはならず手段にすぎません。目的はあくまでも事業の成長であり、業績の向上です。そのために人材の育成は不可欠であっても、企業は教育機関ではないので、それはあくまで手段となります。企業が株主に約束するものではありません。

 それでも人材の育成が事業の成長に欠かせないことは誰もが認識にしていますし、人材育成に力を入れることが、よい人材を獲得する上でも効果的です。

「人材育成」は「組織力向上」の手段である。そう改めて認識させてくれたのが、『企業内学習入門』という最近の新刊です。

 著者は、スイスのビジネススクール、IMDの教授。ダイムラー・クライスラーでCLO(チーフ・ラーニング・オフィサー)を歴任するなど、企業内学習や人材育成の実務経験も豊富で、現在は、世界の有力企業のCLOを集めた円卓会議の議長も務めています。

「企業内学習」という言葉は、近年、HR関係の方々が口にされるのを聞いていましたが、本書で初めてこの言葉をあえて使う意味がわかりました。

 極論すると、企業とすれば一人ひとりの社員が育つかどうかに関係なく、組織として進歩することが大切です。進歩の意味とは、置かれた環境と自社の戦略を鑑みて、より高いレベルで戦略を実現させる力が上がることです。

 そのためには、自社の戦略をきちんと理解し、それにそったスキルを社員が備えること。さらにスキルは環境変化や戦略の変更に応じて、常に変化が求められます。一度身についたスキルや能力が、通用する時代ではない。そのためには、常に組織は学習を求められます。それが「企業内学習」の概念であり「学習」(Learning)という言葉が使われる意味だと理解しました。

 学ぶことが重要で、その結果、人は育つ。しかし繰り返すと、組織として変化に対し学び続ける力こそ、もっとも大切である。この認識をしっかり持つことから、人の重要性を経営の中枢に据える仕組みが出来上がるのではないかと、本書を読んで痛感します。