学習の効果測定は可能か
本書の中で最も考えさせられたのは、企業内学習の効果測定について書かれた第5章です。教育機関でも教育効果の測定はとても厄介です。大学受験のような成果が分かりやすい分野ならまだしも、企業で求められている学習の効果は、語学力や資格試験などの一部を除くと、ほとんどが定量的に把握できません。リーダーシップの能力や営業力を数値化する試みはさまざまな機関で進んでいますが、まだまだコンセンサスを得たものはありません。
効果測定の場合、効果(アウトプット)の数値化とともに課題となるのが、労力(インプット)の測定です。仮に営業力の向上が認められた場合に、何が効果に寄与したか。上司によるOJTがよかったか、集合研修の効果か、はたまた自身の気づきがきっかけだったのか。また仕事のスキルはリニアな伸び方をするとは限らず、一定期間伸びが緩やかだった人が、ある時から急激に伸びたという例は誰しも心当たりがあるのではないでしょうか。本人の努力や教育は一定だったとしても効果が突然現れ、インプットの期間とアウトプットの期間にタイムラグがあるというのはよくある現象です。
本書で考えさせられたのは、学習プログラムの満足度と学習効果さえ比例しないという話しです。セミナーや研修などを受講した後、とても充実感に満ちた気持ちになることがあります。そこでアンケートをすれば当然評価は高いですし、後々、このような学習機会はよい記憶として残ります。しかし本書によれば、そのようなデータと実際の企業の業績とは何ら因果関係がないという研究結果もあるそうです。
学習効果を検証するために、半分の人に研修を受けてもらい、残りの半分の人には何もしないで両者を比較するという方法が考えられます。しかし創薬の臨床試験やウェブのA、Bテストなどで実施されている方法論を、人材教育の現場では現実的には実行不可能でしょう。このように効果測定が困難で、効果が実証しにくいのが、教育全般の課題です。しかし本書では、この問題から一歩も逃げず、真摯に検討を加えているところが最大の魅力です。
人の重要性をいかに組織に根づかせるか。本書ではこの命題を愚直なまでに追求しています。先の効果測定のみならず、ラーニングソリューションの提供や企業内学習ブランディングまで、仕組み化に向けての施策を単純化をさけながら議論しています。企業にとって重要なことは、叫ぶだけでなく、具体策を整備していくことで説得力が生まれるものです。本書は、企業内で人事や人材育成に携わる人にとって、自らの仕事を経営の中核に押し上げるための示唆に溢れた内容です。(編集長・岩佐文夫)