コア技術戦略が技術経営の要
そもそも、全社戦略の基本に立ち返って、企業が新たな事業に進出する妥当性を考えてみよう。企業経営の多角化は、コアコンピタンスという概念で説明される。コアコンピタンスは、企業の中核的な能力であって、さらに(より重要な要件として)その能力が複数の異なる事業に転用可能なものであると定義される。つまり、ある能力がどれだけその企業にとって特別でユニークな能力であったとしても、応用の利かない特定分野のみで有効な能力はコアコンピタンスとは呼ばない。
技術経営の領域では、ある技術をコアコンピタンスとして、複数の事業に応用展開していく戦略のことをコア技術戦略と呼ぶ。コア技術とは、企業にとって中核的な技術であって、かつ、それが様々な事業領域に応用できるものである。シャープが、長年にわたって液晶産業でリードしてきたのも、液晶技術を電卓、ゲーム機、ビデオカメラ、携帯電話、テレビと様々な事業に応用し、液晶をコア技術としたためである。それと同時に、同社が近年抱える問題もコア技術戦略の問題点そのものである。コア技術戦略は特定の技術に資源を集中投資する戦略であって、技術や環境の激しい変化が生じた場合に全ての事業が同時に不振になるというリスクを負うことにもなる。そのため、コア技術戦略を採るときには、長期的にコア技術をメンテナンスしていく必要がある。
一方で、開発した技術を他の事業領域に応用展開していかなければならないため、技術開発の集中投資と分散投資はバランスが必要となる。シャープの液晶開発の事例はむしろ特別なケースであって、日本の家電メーカーの多くは、「戦略不在」である。新たな技術領域に取り組み、開発した技術を特定の事業領域で実現すると、それで満足してすぐに次の技術課題に取り組み、既存技術の応用展開はさほど重視されないことが多かった。日本の家電メーカーの多くは総合家電メーカーであるが、事業間で共有しているのはブランドぐらいで、技術や内部資源の事業部間共有はほとんど行われていない。
あるいは、技術そのものは複数事業間で共有されていなくても、総合家電メーカーとしての製品ラインの広がり自体が顧客に価値を提供しているとすれば、技術以外のコアコンピタンス戦略として捉えることができるかもしれない。冒頭で述べた、企業ブランドに対する信頼感や安心感といった、情緒的な価値は、同一ブランドのもとの製品ラインの広がりと関係しているかもしれない。
パナソニックや東芝、日立といった家電ブランドは、テレビなどのAV機器から、冷蔵庫、洗濯機、エアコンなどいわゆる白物家電(ホーム・アプライアンス)まで幅広い製品ラインを「日本国内では」そろえている。今や世界最大の家電メーカーとなったサムスン電子が、世界で日本市場だけは参入できない理由のひとつは、こうした日本メーカーの製品ラインの圧倒感によるものだろう。日本の家電量販店に行けば、どの売り場に行ってもパナソニック、東芝、日立といった総合家電ブランドを見ることができる。合理的に考えれば、個々の事業分野にコア技術の共有がなければ、同じブランドであることが、競争優位である理由にはなりにくい。それぞれのメーカーには得意、不得意な分野があるはずで、それぞれの製品カテゴリー毎で異なるブランドが強くてもおかしくはない。